四四年の因縁
……とある蛙

蹴られたボールは
鋭く脇腹を抉るようにして
ゴールのサイドネットの
内側に突き刺さった。

その瞬間ボールを取られた
若者は目を覆い、次に
フリーランニングをしながら
雄叫びを上げるアステカの末裔を
グッと睨んだ。

ほんの一瞬の出来事だった。
キーパーからの緩いパスを受け
ゆったりとトラップして
ボールが体から離れた瞬間

彼の視線の横から
イノシシのようなずんぐりした
物体がボールを掠めて盗った。

ほんの一瞬の出来事だった
このまま同点でタイムアップしたら
延長まで もつかな?
僅かに掠めた疑念の先に
ボールが消えた

彼の視線の横から
エネルギーの塊のような
陰がボールを掠め盗った。

ほんの一瞬の出来事だった
足が重い 体が重い
奴らのボールまわしは早い
PKはいやだな!外したら怖いなぁ。
等と畏縮する思考
そこから逃げようと
パスする味方を探した瞬間

彼の視線の裏から
暗い四四年前の怨念が
ボールを掠めて盗った。

ほんの一瞬の出来事は
一一人全員に重く伸し掛かり
その半時前 全員が抱いていた
眩いばかりの栄光の視界を
窓硝子に垂れ落ちる
黒い粘液の雫のように
遮った

最後一五分
足が上がらない
どこへ蹴るのか分からない、
相手のボールを奪えない
相手の動きを見る時間が多くなってきた。
終了間際
これでもかとアステカの末裔は鉄槌を下す

笛が吹かれたとき
あのときボールを奪われた若者は
呆然と立ち尽くし
腹から悔しさを絞り出し
声にならない叫び
聖地の芝で吐き出す。

もう一度立ち上がって
隣に勝たねばならない。
兵役免除の目的のある隣人が
様子を窺っている
泣いている暇はない
もう一度立ち上がれ
平和ぼけしていないことを
示さなければならない


自由詩 四四年の因縁 Copyright ……とある蛙 2012-08-09 13:28:23
notebook Home 戻る