樹海の夜
ホロウ・シカエルボク




空耳か
外を行く誰かの声か
妙に近い場所で
聞こえてくる誰かの声
聞き取れず
無視できない
例えるなら
かすり傷の
痛みのような
その声…


午前三時
摩耗した
睡眠への欲求が
霧のような視界を産む
霧のような視界のなかで
おれはまぼろしの…
まぼろしの領海を
見ていた
見ていた


夏は気が早く
風は温度を変え
夜明けへの準備を
整える
散らかった机の上
読みかけの本から
栞代わりに挟んだ
CDの帯の角
パソコンの稼働音が
人生を意識化する
唯一の手段
少なくとも
今は
この時間は


表通りが沈黙する
あいだに
様々な
イメージの羅列
樹海に
乱立する木々のように
あちこちから
でこぼこに…


たぶん
足を取られて
おれは転んでいるのだ
磁石が壊れて
行く先が判らないのだ
途方もない沈黙が
この世を半分嘘にする
生きてることは騒ぎだ、なんて
ほんとはそんな意味でもないけど


足元の土すら
感じる気がする
そこで朽ちた誰かの
思いのように
靴底に張り付いては
はらはらと落ちていく土の


おれは眠りながら
この詩を書いている
これがどこへ行くのか
どうすれば終わるのか
いまでもまだ判らない
言葉は生まれ
ばら撒かれ
忘れられ
組みかえられ
嘘が本当になり
本当は白ける
本当は嘘になるが
嘘のようには残らない


夜が明ける前に
明りを消すべきだろうか
明りを消したときに
眠りを思い出すだろうか
眠りたいわけじゃなかった
だけど
起きたままでいたいわけでもなかった
樹海の中で
行き場を失くしたみたいに
夜を彷徨っていた
コンパスはどこも示せず
針はクルクルと回っている


空耳か
外を行く誰かの声か
妙に近い場所で
聞こえてくる誰かの声
聞き取れず
無視できない
例えるなら
かすり傷の
痛みのような
その声
高いというほどでもなく
低いとも思えない
どこかしら希薄な
希薄な現実のその声
耳を澄ませたときには
いつも、もう
遅いのだ
沈黙が喋りつづけ
言葉は白ける
言葉は沈黙になるが
沈黙のように話すことはできない


おれは時計を見ているが
それがどういうものであるかは
いまは判らない
ただ窓の外が
白濁し始めて
夜は…








自由詩 樹海の夜 Copyright ホロウ・シカエルボク 2012-07-10 03:37:45
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