生活をしていると
岡部淳太郎

生活をしていると
すべてが透明になってゆく
それが良いことであるのか
それとも悪いことであるのか
そんなことにかかわりなく
すべては透き通って
その存在感を緩やかにする
今日も洗濯をして それを干し
仏壇に線香を上げて 手を合わせ
合わせきれなかった私の
遅れていたすべての時間に
いっしゅんのうちに祈りを捧げ
そうして玄関を開けて外に出る
空は晴れている
あるいは曇っているか 雨だ
たいていはそのうちのどれかであって
だからこそ どうでもいいことでも
あるのだが

生活をしていると
すべてが色を失くしながら尊くなってゆく
色がないから ほとんど見えないから
ますます尊く ますます
敬うべきものとなるのだ
そしてそうしたものに取り囲まれて
どこにも行けなくなっているこの身は
ますますどうでもいいものとなって
それゆえに いまここに
生きているということを感じられる
今日も洗濯物を取りこみ 花に水をやり
米を炊いて それを食べ
風呂に入って 汚れを落とし
私自身の疲労を汚れとともに落とし
どこまで落としたら
このわがままな感情と計算を捨てて
白いものになれるのか
わからないまま眠りにつく
夢さえも見ない暗さの中で
白い 色のない自身の魂の中心へと
落ちてゆきながら

生活をしていると
すべてが意味を殺めながら
良きものへと変ってゆく
意味などないから すべては愛しく
すべては記憶のように貴重だ
今日も買い物をして ごみを出して
人々の集まるところに行き
隣人に挨拶をし 伝言を伝え
伝えきれなかった秘密に思いをはせては
かつての自身の弱さ いまもつづいている弱さを
改めて見つけ出してはふたたび覆いをかける
私は良きものになど 到底なれないだろう
なれないからこそ ここで生きて
次の時間に向かって溜息をつくことが出来る
その息で埃ひとつ吹き払われる
わけでもないのだが

生活をしているという
この奇妙な安堵感は何か
いまここで日々生活をしているという
満足と 楽しみ
そのことに私は思わず
笑い出したくなってくる
今日も明日も 昨日と同じように
あれもこれもしなければならない
そうでなければ間に合わない
そのようにして追い立てられながら
日々の中に沈んでゆく
私の存在は生活の中でひたすら薄く
のっぺりと引き伸ばされる
天気の良い日の帰り道に見上げる
西の空のあの雲のように



(二〇一二年六月)


自由詩 生活をしていると Copyright 岡部淳太郎 2012-07-02 20:39:19
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