水族
salco

空のツリー
その足元に水族館だと
日本人は好きだな
サンシャイン市にも作ったっけ
新名所には水族館
呼び水の呼び水
徒に易くは帰すまじ
展望ついでの家族巡礼
妖しく爽やかデートスポット
動物園と違って匂わないし
陸生ほどには世話も焼けない

異世界だからいいのかも
蒙昧なマグロの回遊や
反射で翻るアジの群泳よりむしろ
月世界のような静謐に惹かれるのかも
何故なら魚たちの姿に人は
自由を見出すわけではないから
苛酷な生存競争が展開するそこには
陸と違い、音がほぼ無い
多分、人は可聴音域に疲れている
思考言語を含め音響に疲れている
それは、水族館にいる時の
後頭の痺れでわかる
何をも欲しない己が立っている

二十年ほど前か
遊園地で水中バレエというのを観た
裏さびれたコンクリートの常設小屋
百席もあるかという場内は
お盆というのに私たちと二、三組だけ
ほの暗い横長の水槽で
天平風装束の女たちが入れ替わり
録音された台詞のがなりに合わせ
パントマイムしたり
くるくる回ったり
大きな気泡をボコボコッと吐いては
底の方から伸びたゴムチューブを掴み
口に含む

クリップで小鼻を潰し
水圧で引きつった舞台化粧の顔
脊椎の柔軟をやたら強調する姿態
そんな四肢にへばりつくナイロンの衣裳
謳い文句の人魚とはほど遠く
重力を離れながら
バレエの躍動ともほど遠い
水中は人の棲息域でなく
宇宙空間ほどの自由も許さない
ボンベを背負っていようが
この密度に勝れる筋力さえない
と知らしめて

終演後
鼻息の荒い婆さんが出て来て
水中バレエの歴史と創立者の自負をぶった
滔々、延々と
今月だか今年だかで幕を下ろすという
やるかたない憤懣を
乏しい客にぶつけるのだった
むべなるかな
観客に窒息感と憐憫を惹起するだけの
実に場末な見世物だった


自由詩 水族 Copyright salco 2012-06-09 23:33:23
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