饒舌する不在(それが伝言板ならどんな言葉も読み取れることはない)
ホロウ・シカエルボク





うそつきな服を着た少女たちがすべってゆく表通り
中華料理店の裏口の窓に三度高く上がった炎
路面電車の停車音が精神異常者の断末魔の叫びを中和するダイヤグラム
ボサノバ気取ったニュー・ポップスの流れるアウトレットモール
起動を拒否し始めたノートパソコンのファンの回転音
カーペットの隅で群れて革命を企てているような飼猫の体毛
空家のポストの前で叶わなかった欲望のようなアダルトブースの広告
動画共有サイトで何度も再生されるマドモアゼルが吹きだすシナモン
かかるかどうか判らない電話を待ち続けている求職中の男の目つき
かすかに曇る空を見上げて洗濯を取り込むかどうか迷う若い専業主婦
年寄りばかりが暮らすトタン壁のアパートメントから大音量のテレビショー
太平洋のどこかで暴れている台風のせいでソフトキャンディのような暑さ
甘えさせてもらえなくてゲージで拗ねてる甘えん坊の雄猫
出来の悪い漬物を思わせる近所のカラオケ喫茶から聞こえる歌声
入口の壊れた地下室のバスルームの容赦ない湿気
東の方から送られてきた小さな荷物をひとつだけ下げた配送の男
打ちっぱなしのビルの廊下でけたたましい鳴声を上げる誰かの小型犬
この世の終わりのような西日がカーテンのカラーを吸い取る
アコースティック・ギターのカッティングはシンプルなエイトビート
一行ずつ書いては本に目を戻すあまりやる気のない六月の詩人
くだらない音楽を大音量で聞いている悪趣味な装飾のオデッセイ
噂ばかりが並べられたサイトをクリックしてはなにかを忘れようとしてる引き籠り
緩く長い坂道を時間をかけて下りてゆくあまり手入れされてない自転車のゴムブレーキ
一〇〇円ショップで買ったCDラックに詰め込んだCDの背中を這っているハエトリグモ
前の住人が残した滑り戸の内側のデッサンの狂った何人かの模写
白いシャツの緑のタンクトップが強い風でタンゴを踊る高層マンションの一四階
ケーブル埋設工事の重機の先端がアスファルトを掻くときの耳障りな響き
三流やくざのような態度で熱湯を吐き出す年代物のガス給湯器
ジャンクショップの店頭セールで陽炎に消えそうな地球に落ちてきた男
ゲームセンターの二階の隅で腰を振り続けている若い男
アーケードの真ん中でふらふらと倒れ込む浮浪者のような老婆
毛並みの悪い三本脚の大型犬がそんな自分でも喰らいつける餌を探している
少しずつ害をなす潜伏性ウィルスのような睡魔
長く長く鳴り続けている携帯電話の着信メロディ
クラッシュする車のボンネットが弾け飛ぶ音
住宅街で住民と揉めている新興宗教施設の教祖と思しき男
ゆっくりと首を絞めるみたいに身体にまとわりつく湿気ばかりの風
ポータルサイトのトップページにどこかで起こった地震の速報
空になったウェットティッシュのボトルが転がっている公園のトイレ
大規模なパチンコ屋の駐車場でアイスクリームのように溶けてゆく赤ん坊
移動販売のパン屋が垂れ流している古いアニメのテーマソング
誰の目にもとまらない廃墟の庭に出来たどす黒い水溜り
小細工をくり返す始めから落目のアイドル・グループのプロデューサー
コンサート・ホールの前で派手なストラップをぶら下げた携帯を覗く娘
ため息のような落日が宿命のように張り付き始める空
ホーム・センターの衣料品売り場で放火の疑いがあるボヤ騒ぎ
画像編集ソフトで細工された恐ろしい女の顔が飾ってあるだけのホームページ
二人組の警官とすれ違う時に聞こえるアクセサリーのような音
駅のホームで頻繁に繰り広げられる間違った勇気
建設中の死亡事故により完成を待たずに解体されるハイグレードマンションの防音ネット
コンビニエンスストアの中で万引きしたのしないのの罵り合い
帰り道を急いでいるエコ・ストップが売りの車
原発について発言すればいいだけの社会意識レベル
UFOの侵略を危惧するアメリカの学者の誰も買わない脚本みたいな妄想
フリルのミニスカートが風に揺れるのを我慢出来ない公務員
ファースト・フードは顎のゆるい連中でいっぱい
交差点でふざけ過ぎて友達と二度と遊べなくなった少女
ストレッチャーを持ち上げるのに飽きてきた救急隊員













最後のサンセットが網膜に焼きつけた無意味な模様





自由詩 饒舌する不在(それが伝言板ならどんな言葉も読み取れることはない) Copyright ホロウ・シカエルボク 2012-06-06 18:06:43
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