閉まるドアと開くドア
ホロウ・シカエルボク





無作為過ぎる
光線の向こう
落ちた椿と
濡れた路面


道路わきのドライフラワー
いくつかのスナック
そこに佇んでいるのは
たぶん年端もいかない子


終夜営業の明かりで
いびつな昼みたいな夜だ
ドラッグストアの店頭で炭酸水を飲んで
全身の不具合をげっぷにして出した


飲み過ぎた女が
水みたいなげろをたくさん吐いて
アーケードの出口の
電柱にしがみついてる
後ろから見ると
電柱を愛してるみたいに見える
ああ、ファックしてよ、あんたのポール…


壊れるけどな


駅の北側の屋外駐輪場で
ニキビとヤニにまみれた糞餓鬼同士がひどい喧嘩をしてた
加減知らず、ルール破り
あいつらはもしか明日の新聞を数行埋めるかもしれない
ああ、くそが、ころすぞ!短いディレイがかかって
アーチした屋根で汚い声がアクションする


たいして美味くもない
珍しいパンを売っていた店は早々に潰れた
貸、とでっかく書かれた札が
自動ドアにかけられて
風に遊ばれて傾いていた
がらんどうの
まだ新しい店内では
死んだ希望だけがぶつくさ言ってる


たいして美味くはなかった


いまじゃすっかり見かけなくなった電話ボックス
このあたりじゃ年寄りのためにいくつか残されてる
戯れに潜り込んで受話器を耳に当てたら
ツーっと懐かしい音
なぜだかそれはそこそこ年を食った女が
明日の夕食の献立を懸命に考えてる呻きに聞こえる
出来たら明日は胃袋に優しいものにしてくれ
実際に受話器に向かぅて話しかけたら
すぐ後ろで誰かが呆れた気がした


もちろん誰もいやしなかったけど


むかし、このあたりに住んでいたんだ
まだそんなに古い話じゃないさ、あんまりイカした住処じゃなかった
あのときは
ろくに眠ることも出来ない環境に金を払っていたな
散歩するにはいいところだったけれど
なあ、こんな時間に何をしている?
オマワリのように自分に話しかけて
そんな時間に適当な理由を貼っつけようとした
コンビニに入ることにした
そこなら時間を問わず妥当な理由だ


コンビニの中は人もまばらで
店員はどうしてこんな時間にこんなところに立っているのだろうという顔をしていた
もちろんそれは当然の疑問なので気に病むことはないよと教えてやりたかったが
それを教えてやるにはこんな時間に起きている人間ではいけなかった
つまりかれはそのことを知ることはないだろうということだ
コンビニの中は明りが凄くて
後から入ってきた異様なほど短い黒にラメをちりばめたショーパンを穿いた女の
メイクのどうしようもないレベルがはっきりと見て取れた
ショーパンとデニムジャケットの
コーディネイトはまずまずだったけれど
くだらないものを少し買って店を出た
深夜のコンビニほど
そういうものを買うのに適した場所はない


コンビニを過ぎて南へ向かうと
明りのまったくない川沿いの通りに出る
酔った自転車乗りが近道に使う通り
一方通行だらけの
真っ暗な
融通の利かない通り
その通りの近くの
出ることで有名だった総合病院跡を潰して建った分譲マンションの一室では
入居して一年もしないうちにかみさんを殺した男が逮捕されている
とりあえずそれだけ、とりあえずって感じで
暗い神社の隣で分譲マンションは解離性人格障害の
ように
ぼんやりと雄姿を突きたてている


マンションを過ぎて大通りに出る
存在を忘れられない程度に
くだらない車がやんちゃな感じで走り過ぎる
十数台に一度は
どこかから現れたパトカーに呼びとめられている
パトカーのスピーカーから聞こえる警官の声には
こんなのどうだっていいじゃねえかという
心境が露骨に込められている
左に寄せてください、運転手さん
左に寄せて止めてください
左に寄せて止まった車からは
悪ぶりたいけど法律には抗えない
派手なジャージの若者が舌打ちしながら下りてくる
運転手さん、これ見てもらえますか
ほぁい
ねえ、だいぶオーバーしてるね、20キロか
ほぁい
見事に緩急の取れた会話
下手なヒップホップより良く出来てる


そこから十分歩いたところで
車同士のちょっとした接触事故を目撃した
両方の車からサラリーマンと思しき中年の男が
あーあという顔をしながら下りてきて
視線を合わせて苦笑いをした
ごめんなさいね少し考えごとをしていて
いえいえぼくもちょっとぼんやりしてました
名刺が交わされ
保険会社だの警察だのに連絡が取られ
むしろ事故等起こらない時よりもスマートに
その夜路上での出来事は進行していった
チャッ、チャッ、チャと警察が来て
何かを転がして何かを書きつけて
警察車両の中でひとりずつ話を聞き
他に用事があるみたいに引き上げていった
ふたりのドライバーは保険屋を待ち
保険屋はほどなくやってきた
絶対に眠っているところを起こされただろうに
保険屋たちはサクサクと仕事をこなした
そして20分後には誰もいなくなった
ファミレスかどこかで打ち合わせでもするのかもしれない


缶ジュースを飲んで家に帰った


ブルース・スプリングスティーンを小さな音で聴きながらこの詩を書いていると
アニメソングを大音量で流してる車が窓の外を走り過ぎた
目が覚めても抜け出せない夢があるのだろう
そしてその夢はよっぽど
居心地がいいのだろうな


おれはどんな夢も見られない
ただただぼんやりと寝床で目を開いて
閉まるドアと開くドアの
バタム、バタムという音を聞いている







自由詩 閉まるドアと開くドア Copyright ホロウ・シカエルボク 2012-05-05 03:18:32
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