But Not For Me
ホロウ・シカエルボク



傷を隠したような
雨の後の夜空
走り去ったバスと
針のように深く
胸を突き抜けた言葉


傘を閉じた人たちの
話声は弾んで
バス停に残された
僕はいつまでも
テールランプの残像を探して


時刻表に記された数字には
もうどんな意味もなかった
断ち切られて
朽ち果てたこれまでだった
次のバスから降りてきた人たちが
僕の存在を否定して行く


バス停を離れて
あたりを彷徨った
街路樹の静けさは
まるで葬列の様で


オールナイトで古い映画を上映している
草臥れた映画館に潜り込んで
いままでに聞いたこともない映画を見た
知らない俳優たちが
よくある話を心をこめて


「行かないでくれよ」と
主演の男が言った
行かないでくれよ
馬鹿みたいだと僕は思った
本当に行ってしまう誰かに
そんなこと言えるわけがないのに


その言葉に
一瞬立ち止まる女優の背中
準備が足りない
君たちは
準備が足りなすぎるよ
そんな気持ちで違う明日に滑り込もうなんて
手ぶらで戦場に乗り込むようなものだ


エンディング・クレジットの途中で
僕は席を立つ
最後まで見たい気分じゃなかった
そもそも映画なんてどうでもよかった




僕も
準備が足りなさ過ぎたのだ



自由詩 But Not For Me Copyright ホロウ・シカエルボク 2012-05-03 01:33:14
notebook Home 戻る