すべては砂のようにそこら中にあって
ホロウ・シカエルボク




そうさ、おれは、いつくたばってもいいように、こんな感じでいつも書きつづっている、どうせ、きっと、まともな死に方は出来ないだろうからね。そんなことどうこう言ったところで仕方ないのさ、おれが選んで、生きてきた人生だからね、誰のせいにするつもりもないし、自分で断ち切るつもりだってないよ―みっともなくても生き抜きゃオンの字だろう。




窓の外では雨が降っている…いままでにもう何度、こんな書き出しをしただろう?だけどそうしたもんさ、身の回りにあるものはいつも決まっている、晴れてるときにはそう書かないだけのことさ、だって、こんな時間にはきっちりと窓を閉めてカーテンを閉ざしているからね。きちんと本腰を入れて降ってくる雨のことしか、外のことは判らない。




眠りがひどく不規則になって、おかげさまで目覚めている時まで足元が覚束ない、だけど行かなくちゃいけない場所がある、かけなくちゃいけない電話がある…本能だってもう捻じ曲げなくちゃいけない。剥き出しの感情はどこに出したって喜ばれづらいとしたものさ、おれは自由でいたい人間だけどね、せめて自分に与えられた当然の権利についてはね…だけどそんな個人の領域なんて関係ないってなもんであれこれと踏み込んでくる人間がたくさんいるのさ。おれはそんなこと知ったこっちゃない、だけどそんな素振りばかりしていられないときだってある、ああ、めんどくせえ。




蒸し暑い。せっかくシャワーを浴びたのに、座るそばからいやな汗が身体から滲みだしてくる、内臓のいちばん悪いところから滲みだしてくるような汗、もしかしたら内臓から死に始めているんじゃないかなんて、そんな風に考えてしまう、汗。とくにこんな気分の夜中にはね…おれは膝を抱えている。眠ろうと思えば眠れるかもしれない、だけど、もしいつものように眠れないのなら、こうして何かを書いている方がずっとましなのさ、少なくとも、まんざら無駄でもなかったと思えるからね。自分の書いているものを無駄なものだと思ったことはないよ、だからこそこうして続いているんだ。美意識と関係ないところにおれの言葉はあるから…ひととしてのあれこれをいくつも越えたところに。




午後、ひどい頭痛がしたのでネックブリッジをして少しの間頭を転がした、少しマシになったよ、そしていまじゃその痕跡すらない。自分でどうにか出来たときっていうのはいつでもいい気分さ、おれはいつだっていい気分になりたくて生きているんだ。それにしても蒸し暑いな、今夜は薄っぺらいシーツでも不快に感じるかもしれない。いろいろと、このところいろいろと辻褄の合わない夢を見る。目覚めたときには違和感だけが花の棘のように脳裏に刺さってるみたいな、そんな夢。おれはなんだかおかしな世界に放り込まれて、グチャグチャなのさ…グチャグチャなんだ。そんな気分がしばらくの間付きまとう、少なくとも現実的な問題に手をつけ始めるその寸前まで。




昨日は仕事を探しに行ったけど、隣に座ってた女が人のことをチラチラ見てはぶつぶつと何事かを呟くのであまり集中出来なかった、そういうことってよくあるよな、思いもよらないところから小石が飛んでくる、コツン、コツン。思い込みが過ぎるよ、あんた、思い上がりもはなはだしいよ、なあ、おれがあんたになんらかの感想を持ってるなんてどうして思ったんだい?あんたはおれに感想を持ってもらえるようななにかを持ってる人間なのかい?おれはあんまり他人に感想なんか持たないんだ、おあいにくさま。そろそろこういうへんなのに遭遇する生活は終わりにしたいなぁ、いったいどうなってるのかね。去年まで働いてたとこでなにか、要らないものを貰って来たんだろうな。ゴキブリホイホイの床に置く誘い餌みたいなものをさ。




一昨日だっけな、何に興味があるんだって聞かれてさ、それは仕事についてだったんだけど、その場はなんとなく冗談で済ました。だけど、あとになって考えてみたらさ、おれは社会になんてなんの興味もないんだなってことに気がついたんだよ、無人島で暮らしてる爺さんいるだろう、もしかしたらあんな暮らしが一番しっくりくるのかもしれないな、世捨て人ってやつさ…そう…こんなものに手を染めなけりゃね、きっと、そんなこと考えてみただろうさ、たったひとりで、どこかの島で、雨水で体を洗い、魚を取り…地震が来たってビルやガラスで怪我なんかしない、ええ、素敵なことじゃないか。海にはさらわれるかもしれないけれどね。




だけどおれにはコネクトしなければいけない理由がある。いつも考えるんだ、どこか田舎に引っ込んでのんびり暮らすことが素敵なことだって。でもさ、たまに都会に飛び込んだとき、目まぐるしく変わる景色を眺めるとき、ああ、おれは、こんな場所のことを忘れちゃいけないって、そう、思うんだよな、どうしてかなんて判らないんだけどさ、コネクトしなくちゃいけない理由なんてきっと判るやつなんていないとしたもんじゃないのかな。表層にならいくらでも貼っつけられるけどね…そんなもんビールやなんかについてるラベルとたいして変わりはないさ、ねえ、商品に名前をつけるみたいに書いちゃいけないと思うんだ、いつだって…答えを導くように書いちゃいけないと、そう、思うんだ、玩具箱をひっくり返した時、そこに散らばるものはすべて玩具だろう?あるいはそれに属する何かだろう…?そんな風に書かなきゃいけないと思うんだよな、そこにあるすべてが真実か嘘かでしかない、そんなものでなけりゃいけないとそう思うんだ…。




雨は降り続いている、タスクバーの端っこで時計は三時に近い数字を示している。今夜おれはかたちの無いものを書きたくて仕方がなかった、おれの指先はキーボードの上でそこそこマシなダンスをした、そう信じて今夜はそろそろ明りを消すことにするよ。おやすみは言わない。眠れるかどうかなんて判らないからね…。







自由詩 すべては砂のようにそこら中にあって Copyright ホロウ・シカエルボク 2012-05-02 02:59:12
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