白いバトン
そらの珊瑚

時々
あの白いハンカチを思い出す
あたかも
そうすることが
シナリオで
決まっていたかのように
差し出された
それを
いまでも
鮮やかに
思い出す

私は
電車通学をする
女子高生だった
いつものように
電車はぎゅうぎゅう詰めではないにしろ
空いてもいなかった
吊革につかまり
友達と
他愛のない
おしゃべりをしていたら
すぐ近くに立っていた
男子高校生が
突然うずくまり吐いた
吐瀉物が
しぶきをあげながら
床に輪を描いて広がっていく

とっさに私は
「きゃっ」と
言ったような気がする
一歩後じさった気がする

すると
OL風の女の人が
近寄り
「大丈夫ですか?」
と声を掛けた
手にした白いハンカチを差し出しながら

私は自分自身をとても恥じた
今、一番辛い気持ちでいる人のことを
思いやれなかった
未熟な自分を
そして
その白さを
貴いと思った
名も知らぬ
顔さえ覚えていない
その女の人の行動を
ちゃんと覚えていようと思った
たぶんそこに居合わせた人は
同じように
感じていたのではないかと思う

人と人が
継いでゆくものは
DNAだけではなく
カタチはないけれど
大切なものがあると
教えられた

あれから
何十年も
時は過ぎたけれど
あの
白いハンカチを
私はちゃんと
継いでこれただろうか
そしてまた
見知らぬ誰かに
継いでいくことが
できたらいいなと思う






自由詩 白いバトン Copyright そらの珊瑚 2012-04-28 19:59:24
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