わたしは海面に立てないでいる
うめぜき



時計は8時30分を指している
海面に凛と立つあなたを
私は海辺から涙をこぼしている
風は灰色だ
漣(さざなみ)を立たせたり
あなたの眼を見開かせたり
していて
宇宙は落ちてきそうなほど近く
雲は逞しく
あなたを讃えている
時々誇らしく
時々苦しく
時計は8時30分を指している

時計は8時30分を指している
散歩の要領で
海面と海辺の境目に足を踏み入れる
風は灰色で
涙がとめどない
足は震え
あなたを直視できずに
その立ち姿に抱かれたいとだけ
こころに寄せては
返していて
海が触れる
触れた海が蝕む
風があなたを伝える
あまりに苦しく
だから歌いたい
時計は8時30分を指している

時計は8時30分を指している
私は犯している
ただ闇雲に
海を犯している
海のきらめきやさざめきとかが
泣いているように見えて、聞こえて
何か得体のわからないものに
自らを突き動かされ
あなたの立ち姿を見上げる

そして

風が吹いている
あなたは凛と立ち
私の近くを
あるいは果ての無いほど遠くを
駆け抜けて
宇宙は増して
低く厚い
ただただ
どうしてこうなってしまったんだろう
ここは何処なのだろう
私は何者なんだろう
何処から何処へ行こうとして
何を得ようとしたのだろう

時計はただ8時30分を指している

ふと気がつくと
ぼんやりと海面を見つめていた
穏やかな海面に胸を撫で下ろし
そのさざめきが胸を捉えてくる
あなたの姿は何処にも無く
私はそのことに少しの落胆を隠せない
少しの落胆を隠せないのはあるけれど
大きな安堵を覚えて、立ち上がる

灰色の風が頬を撫ぜる
防波堤の上をバランスを取りながら歩いていると
歌を口ずさんだ
歌は何処までも突き抜けて
何処までも沈んでいく
その厚い雲の向こう
きっと晴れやかな空が広がり
歌は何処までも響いていく
時計は8時31分を指していて
私はあなたに
会いたくて仕方がない







自由詩 わたしは海面に立てないでいる Copyright うめぜき 2012-04-17 02:39:57
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