棲魚
アラガイs


納屋は鉢植えの葉っぱが判別もできないほど、伸び放題の雑草に囲まれていた
やわらかな西日が微かに反射するプリズム
曇った硝子の汚れを異物に浮かび上がらせて、枯れた観葉植物の茎根が足元に絡み付く

硝子とは思えないほどの水槽が棚の上に、外からは見えなくなるほど苔むす蓋でいくつか被せられてある
埃だらけの木戸を開く
底を覆う暗い室内が、ぼんやりと透けてみえた
果たして水換えどころか、餌すらやってはいない
何週間ぶりかもしれない
いや、ひょっとしたら何ヵ月ぶりかもしれない
増え過ぎた自室の水槽に手をとられ、ここの所在すら忘れていた
ふと、思い出したのもまったくの偶然からだった
近よって覗きこむのも怖いほどびっしりと緑藻が張り付いていて、水槽の中はまったく見えない
ひとつ1畳ほどもある大きな水槽が窓辺に置かれてある
まるで古代魚の棺のようだ
色の消えた淡水魚たち
魚は2日と餌をやらずにいたら死んでしまうだろう
囲いの庭には蓮池もある
ここは不思議な場所で
どうやら、あたまの記憶が飛んでしまった様子だ
」突然、(ぴしゃっぴしゃっ)と 何かが跳ねる音がした 。
巨大なモノが水を跳ねる音だ
埃や黴で重みを増した蓋を開けて
恐る恐る中を覗く
奇妙に進化したカタカナの文字が、そこには生きていた
大と小の眼がギョロリと、うごめいて、滓と排出に腐った緑の、黒いとも、白いとも、水、水、水は、あるかないかわからない水槽の中で、何も食べず、吐いた息を見殺しにして生きていた
わたしを
皮膜色の眼で見つめていた

失うもの、その感傷的な記憶
これは以前にも感知された
脳深く潜む、どこか歯応えのない感触
微かに残る不安が、
、 身に覚えのない朝を迎える
いつものような陽が、窓辺から射し込んできて
レモン水の泡に目覚めるのか
それとも、夜の続きを引きずったまま
魚は眠るのか
生ぬるい感触とは、そうした出来事の予感でもあるようだ 。









自由詩 棲魚 Copyright アラガイs 2012-04-17 00:50:16
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