生者の行進
山中 烏流




まるで、舌なめずりのように生きた彼女は
東京の隅の方に好んで住んだ

茶色くて背の高いルームランプと
うぐいす色のカーテンの側で
彼女の歌に返るものは
目の前の壁が、低く唸る声だけだった


朝食は決まってパン
パンのない日は一日中を家の中で過ごした
一年に一度だけなら、その他でも許された

薄く濁った
もう、何度目か分からないティーバッグの水を切って
かじかんだつま先が足踏みをする

今、何時だったかしら

彼女の呟きに、世界中の時計が耳を傾けてその針を揺らす
足早に過ぎる季節を見て
その部屋の鍵は一つ、また一つと増えていく


玄関の蕾はまだ開かない
彼女はそれをすみれだと信じたまま死んだ
ついさっきのことだった

小さな鉢植えにも似た、この狭苦しい部屋で
遂に咲くことを諦めた彼女は
新しいティーバッグに手をかけてしまった

玄関の蕾は、まだ開かない


蕎麦殻の枕に染み付いた涎の匂いがこだまする
その空気に寄り添うように生きた彼女は
愛されたい、ということを
終ぞ愛していた

冷蔵庫に鎮座する、数年前のジャムを掬う笑みのために
靴下を履いた彼女は
ありふれたものばかりを手招いた

花火のような呼吸ができたら、いいのに

よく似合う花柄のスカートを翻して
彼女は大袈裟にカーテンを開ける



迎えに来た木曜日の手をとって、踊り出した彼女の
その背を見ていた


ずっと、ずっと見ていた










自由詩 生者の行進 Copyright 山中 烏流 2012-04-16 06:05:31
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