遅れる時計
ただのみきや

突風が春の入城を告げ知らせ
冬の残党は最果ての地へと追われて行く
変わることなく季節の車輪は廻る
時のレールを 一方向に

樹木もまだ裸のころ
花よりも先に咲く少女たちは明るい色の服を纏い
二人の会話には大きすぎる楽しげな声で
飽きもせずに囀っている

                 五年後なんて遠い未来のはなし
                       この景色の向こう
                 まだ見たこともない世界にまで
                        今は続いている

角地の古い邸宅から
歩道に躍り出た去年の枯葉
踏めば微かに乾いた感触で砕け散り
それは風葬と呼ぶのにふさわしかった

荒れた生垣の隙間から見える
庭は茂りすぎた樹木の根元だけが円く融け
猟奇的に横たわる残雪の白さは
ほの暗く 泥濘を育んでいた

住む者の絶えた 忘れ去られた古い家は
時という主人に首輪を引かれてもなお
自分のにおいが滲みついた場所から動こうとはしない
老犬のように不恰好で悲しげだ

だが やがて重機が響きを立てて
子どもが去年の工作を捨てるくらい簡単に
歴史とか思い出とかをぺしゃんこにしては
廃棄物としてダンプで運び去る時が来るのだ

そのうちに新しい家が建ち
日当たりの良い庭は小奇麗にガーデニングされて
子どもたちの明るい声が響くようになる
また どこかの家族が年輪を刻んで行く

風が埃を巻き上げると
さっきの少女たちの笑い声が転がってきた

  
                 五年後なんて遠い未来のはなし
                       この景色の向こう
                 まだ見たこともない世界にまで
                        今は続いている

時の流れは早くもなければ遅くもない
人という時計だけが
だんだんと ゆっくりとなって
遅れてゆくのだろう


自由詩 遅れる時計 Copyright ただのみきや 2012-04-01 00:01:36
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