あめだま
そらの珊瑚

薄いセロファンに
優しく包まれている
そのなかに
甘いものが
入っていることを
私は知っている

子供のころ
歯医者が大嫌いだった
何より
歯医者のおじさんが嫌いだった
というか
恐怖だった
マスクをしているので
何を言っているのか
ほとんど
聞き取れないし
どこか怪人めいていた
けれど話しかけられたら
何かを答えなければならない
五歳の子供は
みかけより
ずっと常識人なのだった

金属音を鳴り響かせながら
治療という名の責め苦が続く
なんとか
泣かないで
やり過ごすために
私は
楽しいことではなくて
五年の人生のなかで
一番おそろしかったことを探した
おそろしさの度合いを
比べることで
今のおそろしさを薄めようとしていた
空き地で
見つけてしまった
蛆の湧いた黒猫の屍体を
思い浮かべてみる
それは
歯を削られることの
おそろしさを
はるかに超えている
違う意味で
涙が湧いてくる
私は
おぼろげながら
死の姿を知ってしまった
五歳の子供は
みかけより
ずっと哲学人なのだった

終わると
窓口のお姉さんが
おおぶりの
あめだまをくれるのだった

それは
表向きは
ご褒美という名であるけれど
本音は
また虫歯を作っておいでねという
陰謀だったことを
五歳の子供は
知らなかった

虫歯が撲滅されてしまったら
歯医者は困るだろうし
病気が撲滅されてしまったら
医者は廃業せねばならない

薄いセロファンに
優しく包まれている
あめだま
その甘さを
味わったあとには
決して
甘くはないものが
待っていることを
もう私は知っている
知っていて
その甘さを味わってみる

黒猫の屍体を見つけたあの空き地に
今は住宅が建っている
住人は
猫の墓場の上に
住んでいることなど
知らないだろうし
きっと
知らないでいいことなのだ


自由詩 あめだま Copyright そらの珊瑚 2012-03-20 08:42:49
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