波打つ草原
杉菜 晃

◇小魚

雨の後は
小川の土手が増水し
小魚たちの遊戯場になっている

水圧に押されて
寝てしまった青草を
小魚がしきりにつついて
運び去ろうとする

一本の草とて
そうはさせじと
土手にへばりついている

ついに小魚たちは散る
母なる川へと
水をかぶった土手に
きらめく一時の夢を残し


◇波打つ草原

都会生活から
一時避難の青年が
故郷の草原に立つ
ススキの穂が
青年の髭面を
しなやかに撫でる
すでに母なき里に
平凡に揺れるだけで
母の役目を果たしている
故郷の草原


◇山百合

ハイカーたちの
立ち去ったあとには
山百合が首をもぎ取られて立っている
花は一つもなく
切断面に蝶が来て
ゆっくり羽根を開閉する
言いようのない芳香が
辺りに漂い
この匂いが
あるかぎり
静かに
蝶の羽根の開閉はつづく


◇雨蛙

雨蛙が身を低くして
濡れている
雨乞いの
祈願かなったね
よかったね


◇草原

草原を
白いパラソルがひとつ
低迷…
そう低迷している
柔草に執心する
糸トンボのように


◇口笛

草原に座して
口笛を吹くと
寄ってくる鳥と
逃げ去る鳥がいる
寄って来た鳥を
よく見ると
瞳の奥に
僕と同じ世界を
共有していた


◇雪解け水

とうとうと流れ下る
雪解け水ほど
森羅万象を
抱え込んだものはない
丸太や
樹の枝は
言うに及ばず
鹿の頭部
角 
狐の屍骸
片方のスキー
赤いヤッケ
登山靴
男女の帽子
赤いベルト
日記帳の入った革鞄……
それら忘却を
掘り起こし
眼前にさらし
未来へと押し流していく
圧倒するリアリティー
人はこれを
超えて
生きるしかない


◇白雲

エノコロ草を手にして
ついで口にして
なお満足いかず
いくつも繋いで首にかける
頭上に浮かぶ白雲の
ひとところが裂けて
きらっと光る
そこから遠い日が放射する
無垢な
あの娘が美しく笑う



自由詩 波打つ草原 Copyright 杉菜 晃 2012-03-15 22:39:28
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