秘すれば花
HAL
ずっと考えつづけてきた
この街にやってきてもう何年になるだろう
親しい知人も隣人もたくさんできたし
顔馴染みの飲み屋もいくつかできた
でも時々その飲み屋であのひとのことを聞く
その噂話でさえもうぼくには辛くなった
そのひとにはもうフィアンセがいる
それをぼくはそのひとから聞いてしまった
だからぼくは自分の身勝手な気持ちだけで
ぼくの心は伝えてはならないと自戒した
確かにこの街で出逢ったひとは
誰もが佳いひとで愉しい時間も過ごせた
でもやはり潮時だと想う
心残りがないかと言えば嘘になるけど
あのひとに別れの挨拶は一切しないで
ぼくはこの街から去ろうと決めた
だけど借り言葉だけど
さよならだけがきっと人生なのだろう
ネフローゼでこの世界から去ってしまった
愛する詩人が続けた言葉は知っているけど
さよならだけが人生ならば
また来る春はなんだろう
その言葉は間違ってないし
ぼくが否定できる分際ではないことは
重々に承知のうえだけの葛藤はあったけど
やはりぼくは去ろうとの決心に辿り着いた
ぼくはぼくの想いを永遠に隠して
新しい街から出直したいと望んでいる
もう移る街は決めてしまった
持っていく荷物も大してない
さようなら お元気で お礼も添えたい
でもそれはきっとあのひとを戸惑わせる
この歳になってからまさか恋に落ちるとは
自分でも想ってもみなかったけれど
秘すれば花との言葉もある
だからやはり何も告げずにぼくはこの街から消える