れんげ
ピッピ

「あ、さっちゃん」

と、わたしの飼い猫が喋った

「あ、れんげ」


「な、なんで喋れるの」

「ぼくは死ぬんだ」

「なんで」

「なんでって言われても」

「なんで喋れるの」

「死ぬ直前にはね、そういう機会があるんだ。まあ、全猫ってわけじゃないけど」

「全猫…で、わたしは何をしたらいいの」

「こっちにきて」

走り出すれんげは、わたしを空き地へとつれていき

詰まれたダンボールの上に座らせた

「聞きたいことがいっぱいあるんだ」

少し薄曇った空に、突然スクリーンのようなものがあらわれ

そこには腹の出た雌猫が映し出された

「おかあさん」

雌猫は、何か言葉になりそうな泣き声を叫び続けて

そして数匹の仔猫を産んだ

「さっちゃんも聞きたいことがあったらいってよ」

二回軽く頷いたけど、画面を食い入るように見ていた

「ここどこ?れんげはどこで生まれたの?」

「西麻布」

西麻布?その変な響きにわたしは笑いそうになった

「さっちゃんはどこでうまれたの?」

「ここ。東雲」

「そっか」

れんげはそっとわたしの手に前足を乗せた。そして

ひとりといっぴきはスクリーンを見上げていた

「れんげ、は…拾ったんだっけ。今日みたいな日だよね」

「ん…いま、映るよ」

そこにはふたりの少年が、れんげのしっぽを思いっきり引っ張って

挙句の果てに空中で回しているシーンが映っていた

「ひっ」

よく見たられんげの肌からは血が滲んでいた。笑い声が聞こえた

「これ」

「うん。さっちゃんが拾う、五日前」

「こんな」

「うん。で、次の日」

女の人が映った。ダンボール箱を抱えて

「死にそうだったよ」

小さいれんげが、ごみ箱を漁る、雨の中で

「…」

わたしはすっかり黙りこくってしまい、泣きそうになりながら

れんげの顔を見た。れんげは、少し困った顔をして

「ごめん。でも最後に、全部知ってほしかったんだ」

と言った。それから少しして、わたしが出てきた

映像を見たらなぜだかはじめてれんげをさわったときの感触を思い出した

数日連続の雨で冷えきったれんげの身体はなぜだかとてもいやらしかった

れんげは腕の中で抵抗した。やっきになって、いつまでも

でも、家についたら大人しくなった

床に散らばるバスタオル

「なんでさっちゃんは、お父さんやお母さんに一言も話さないで僕を連れてきたの」

「えっと…少し前まで、いたんだよね、れんげみたいな猫が、うちに」

「飼ってたの?」

「いや、なついてた、よく家に着てた。でも死んじゃった」

「死んじゃったって分かったってことは、事故かな」

「うん」

「哀しくなかったの」

「哀しかった」

「どれくらい」

「哀しさに、大小関係はないよ」

「そうだね」

赤い首輪をつけたスクリーンの中のれんげはとても嬉しそうだった

れんげは牛乳を好まないでいつも水ばかり飲んでいた

縁側で日光を浴びるれんげ

危うく轢かれそうになったれんげ

わたしとれんげが何回かの質問をするあいだに

たくさんのれんげがスクリーンの中で動いていた

なんだか涙が出そうで出なかった

それを恥ずかしいことだとも少し思ったし、色んな感情が入り混じって変な気分だった

そして昨日、いつもと変わらないようすでテレビを見ていた

わたしとれんげを映し出して、スクリーンは暗転した

雨の音がにわかに聞こえだして私はびしょ濡れになっていた

なにかれんげに言おうとして振り返ると

既にれんげはわたしの横で冷たくなっていた


自由詩 れんげ Copyright ピッピ 2004-12-01 10:54:46
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