バレンタインデーの思い出
小川 葉



19歳の頃好きな人がいて、当時はまったくありえなかった逆チョコをあげようと思ったのであるが、やはり黒山の女子しかいないデパートのチョコレート売り場は恥ずかしく、そうしてついにとった行動が、24、5の見知らぬお姉さんだった。あの、男が女にチョコレートをあげることは、いかがでしょうか。

お姉さんはびっくりして、頬を赤く染めた。今思えばその意味がわからなかった。それに気づけないほど私は学校の同級生が好きで、まさかそのお姉さんを、私がナンパしたという意識さえなかったのである。

チョコレートをひとつ、買ってきていただけませんか?私はどうも恥ずかしいのです。あなたが好きなものでかまいません。どうかよろしくお願いします。お姉さんは喜んで黒山の中からチョコレートをひとつ買ってきてくれた。受け取ると、ニヨニヨ私の顔を物欲しそうに見ている。

私は不思議に思ったのであるが、しかし感謝した。そうして、私は言った。ありがとうございます。学校の同じ学部に好きな人がいるのです。本当に、助かりました。

結局その彼女にはふられた。あるいはあのお姉さんにあげていたら…と、今となって思うものであるのだが、その時私は若かったのである。お姉さんの気持ちなんかわからなかった。今もあの時のお姉さんの曇りかけた顔と、それからぱっと花が咲いたように、頑張れよ!と肩を叩いてくれた、優しさを忘れない。



散文(批評随筆小説等) バレンタインデーの思い出 Copyright 小川 葉 2012-02-24 21:02:46
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