すこし話しがしたいんだ
ただのみきや

今夜こうして詩を書くけれど
世界中にある様々な不条理や
悲しみや痛みを知らない訳ではない
この国を覆う様々な矛盾も
今こうしている時にどれだけ多くの人が
不安に慄いているかも

ただ今夜はそれらの覆いを剥がすことを他の詩人に任せて
いくつかのことをあなたと話したい
あなたが一方的な読み手でなくても構わない
ぼくもまた然りだ
ぼくは百年後に通じることばで話したい
世相を反映していなくても
百年後のまだ見ぬあなたとも話したいから
哲学者や心理学者のものまねはしないで
親友や恋人かのように話したい

矢のように真っ直ぐ
あなたは飛んで行く
だが相手はまるでブーメランだ
二人は何度か近づいた
一度は衝突しかけたが
最終的には遠く離れ離れになってしまった
あなたは遠い旅路の果て
まだ見ることも知ることもない人生の目的地へ
相手はと言うと ぐるりと世界を回っては
多くの者が「わたしのもの」と手を伸ばしたが
結局はもといた場所へと落ち着いたのだ

あなたは一途な人だが
人は金剛石にはなれない
心が夜露に震える夜を過して
曙の光と共に羽ばたいたとしても
過去を裏切ることではない
一本の線は時に曲線を描き繋がって行く
熾火が灰に変わるまでは
幾度胸をかきむしろうと
いくつの器を叩き割ろうと
構いはしないから

人の慰めは気休めだから
期待しすぎてはいけない
だけど誰だって
人との気休めが必要な時があるものだ
泣きながら食べ
怒りながら飲み
笑いながら泣けばいい
人がいなければ猫でもいい
猫がいなければ月でもいい
でも一番いいのは神様だ
多くの人が誤解をしているが
神様は最高の友達だ
いつまでだって付き合ってくれる

まだ誰にも教えていない
夢の話をしよう

ぼくが初めて女の子を好きになったのは
幼稚園の時だ
その頃ぼくは本気で思っていた
「ぼくは彼女と結婚する」って
しかし彼女は引っ越してどこかの街へ行ってしまった
まともに話したことすらないまま
それから何年か経ち
ぼくは別の女の子を好きになった
そして罪悪感を持ったのだ
幼稚園の時に心の中で誓っていたから
彼女だけを永遠に愛するってね
でも ぼくはそれからも
何人もの女の子を好きになり
やがて 一人の女性と結婚した
そして十数年たったころ
ぼくは夢を見た
一人の女性の夢を
初めて見る女性だけど
それが誰だか 一目でわかった
それは幼稚園の時に好きだったあの女の子の現在の姿だった
ぼく同様に歳を取っていた彼女と向かい合って
互いに見つめ合って 互いに涙をながし
ぼくたちは互いに謝った
あれほど一生涯変わらないで愛するって誓ったのに
お互いに別の人を好きになり 別の人と結婚したことを
泣きながら謝ったのだ

夜中に目が覚めると
ぼくは泣いていた
そしてしばらく泣き続けた
何十年も心の底に埋もれていた鉛の箱の蓋が開き
幼いころの古ぼけた思い出が まるで美しく瑞々しい蝶のように
よみがえったのだ

あなたの純粋な気持ちが
あなたの心を縛ることがないように
なんて無粋なことを言いはしない
あなたは一途で無鉄砲
猟犬のように殺し屋のように
相手を追いかけて行くのだろう
だけど人はいつか追いかけることや待つことに疲れ
自分を必要としてくれる場所に落ち着きたくなるものだ
あなたが選んだことを
過去のあなたが責めるだろう

だけどいつか
必ず自由になれる時が来るのだ

親愛なるまだ見ぬ友よ
あなたのためにぼくは祈る
愛されている者よ
強くあれ

あなたの忍耐に感謝して

        


自由詩 すこし話しがしたいんだ Copyright ただのみきや 2012-02-13 02:44:15
notebook Home 戻る