象を待つ
草野春心



  永い夜の後に
  束の間の朝が来て
  君はシャワーを浴びている
  水の弾けるその音だけを僕は
  窓辺に立って、じっと聞いている



  冬の朝陽に目を細め
  少しずつ思い出してみる
  昨夜見た夢のこと、そこで僕は
  まったく同じ場所に居た
  君の暮らすアパートの
  君の部屋の、しんとした窓辺に
  こんなふうに立っていた
  ひとりきりで、そして
  一頭の象がのっそりと
  朝の車道を歩いてゆくのを
  黙って眺めていた



  干草のような肌の色を
  淡い光に煌かせ、その象は
  たじろぎもせず行進していた
  けれども右前足には
  痛々しい銃創が抉られ
  そこだけが赤黒く膿んでしまっていて
  やがて一匹の蝶がやってくると
  その傷跡を隠すように
  不思議な模様の羽を休め
  僕は窓を開け
  そっと手を伸ばして



  夢はそこで終わった
  永い夜の後に僕は
  束の間の朝に放り出された
  アパートのすぐ傍には
  大きな道路が横たわり、もうすでに
  鮮やかな自動車たちが行き交い
  道を歩く月曜日の人たちは
  冷たい風に涙を浮かべて
  せわしなくすれ違う



  夢は終わった
  でも、何かの手違いで
  道が続いているかもしれない
  僕は窓辺に立って
  もう一度
  象が来るのを待っている
  君の浴びるシャワーの音が
  恵みのように降りそそぐのを聞きながら





自由詩 象を待つ Copyright 草野春心 2012-02-06 21:30:13
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春心恋歌