春はその子供たちを見つめ続けている
ただのみきや

雪が融ければ ぼくは
陽射しを探しながら
現れた冬の排泄物に
いつものようにがっかりするだろう

春が 出入りする雀のように
あちこちでさえずる時
ぼくは自分の年齢を思い出して
陽炎が立ちのぼる記憶の中の出来事と
現実世界との境界の曖昧さに
ぼんやりとしながら戸惑うことだろう

暖かな風が吹き始めると
いっせいに息吹く楽しげな夢たちが
若い者にも老いた者にも
気の早い桜の花びらとなって
その眼や肩に軽々と憩うことだろう

雪どけで増水した川は
ごうごうと流れ下り
時の流れの絶対的な速さを
人々の無意識に堆積させ
人の生は四季のようにめまぐるしく移り変わり
色とりどりの風車を回しては過ぎ去る
一陣の風にすぎないことを
遠い祖母の子守歌のように
くり返しくり返し招くのだろう

すっかり道も乾き
春に萌えた草花が老いを憂い
白い雲が無言で見おろす頃になると
あなたはもう迷うことなく
新しい服を着て
新しい思想と愛を交わし
焼けたアスファルトの上
踵の高い靴と割れた蹄のダンスに陶酔し
灼熱の巡礼街道をゆらゆら揺られながら
純粋で穢れなき白骨となって
輝きを放つことだろう

春は
時の流れを見つめ続けている 今も
春は消え去ることはなくただ色を変え
大理石の彫刻のように
娘の姿をとって現われた古の賢人のように
まっすぐに見つめ続け
透明のまま在り続けることだろう

二月の冷気は無言の遠吠え
鋭利に澄みわたる夜に余韻する

どこからか声が聞こえてくる
春がぼくの心に手を差し込む
あたたかくて痛い
春があなたの寝顔を記憶の中のうららかな陽射しで照らし
闇より濃い影が別人として刺青をする
あと数時間で夜が明ける
放射冷却がぼくたちの朝を抱いて
跡形もなくなった夢の欠片をダイヤモンドダストに変える
そして輪郭を失った春は
あなたの瞳の中からぼくを見つめていることだろう



自由詩 春はその子供たちを見つめ続けている Copyright ただのみきや 2012-02-05 23:09:15
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