ぼくらのヒーロー アイパー四方山
salco
東雲リバーサイドテラス自治会副会長、アイパー四方山(47歳)は702号室の住人だ。
ちなみに会長は404号室の磯山幸八郎(66歳)、ちなみに輝かしいルーフバルコニーに並べた植木の水やりが
趣味だ。
午前8時02分、アイパー四方山出動! いや出勤。
勤務先は日本筆箱中仕切連合会、千代田区三番町にある某ビル内、大きな声では言えない財団法人だ。
そんなわけで17時58分、アイパー四方山帰還! いや帰宅。
残業は皆無、しかし彼は忙しい。ここ十年、「おかえりなさい」が小声な妻やガン無視の子供らを相手する、
いや相手にされる時がない自治会副会長だ。
(エントランス前の公道にて)
アイパー四方山 「おや、303号室の鈴木さんの奥さん。どうしました?」
303号室鈴木さんの奥さん 「その声は四方山さん。わたくしコンタクトレンズを落としてしまって」
アイパー四方山 「それはお困りですね。わたしが探してさしあげましょう」
303号室鈴木さんの奥さん 「まあご親切に、すみません」
アイパー四方山 「あっ」
303号室鈴木さんの奥さん 「ありましたか!」
アイパー四方山 「いえ、見当たりませんね。では」
アイパー四方山の靴底 「ザッザッ」(ハードレンズの砕片を蹴散らす音)
(7階エレベーターホールにて)
アイパー四方山 「見慣れぬ奴! おい、707号室の前にたたずむお前は誰だ!」
707号室前の見慣れぬ奴 「えっ、あんたこそ誰ですか」
アイパー四方山 「このマンションの自治会の者だ。平日のこの時間はたいてい留守の宮澤さん宅に何の用だね」
707号室前の見慣れぬ奴 「お嬢さんの友人ですよ。渡したい小箱をたずさえ訪ねて来たのです」
アイパー四方山 「お嬢さん? 1984年2月7日生まれ28歳、近藤歯科で助手のアルバイトをしている恵梨佳
さんの事かね?」
707号室前のお嬢さんの友人 「ええ、そうです。よくご存じですね」
アイパー四方山 「知っているとも。一昨年末のハワイ旅行で知り合った現地人のタクシー運転手兼業ファイアー
ダンサーに貢いだ挙句トンズラされて、先月見合いしたそうだ」
707号室前の恵梨佳さんの友人 「…!」
アイパー四方山 「おい君、どこに行く! 恵梨佳さんに用があるのではなかったのかっ。おい。おーい!」
(1階エレベーターホールにて)
105号室馬場さんの奥さん 「あら、こんばんは」
アイパー四方山 「こんばんは。お出かけですか」
105号室馬場さんの奥さん 「いえね、これを生垣の所に取り付けようと思って」
アイパー四方山 「防犯カメラですか? お、こりゃダミーですな?」
105号室馬場さんの奥さん 「ええ。おとついの夜も盗まれちゃって」
アイパー四方山 「困ったもんですなぁ!」
105号室馬場さんの奥さん 「本当よ。あんなものだって、馬鹿にならないもの」
アイパー四方山 「ふむ(Oバックだと思うのかな)。夜間干すのはしばらくやめたらどうです?」
105号室馬場さんの奥さん 「だって出もの腫れもの所きらわずでしょう? それに年取ると、所かまわずでねぇ」
アイパー四方山 「そりゃあご苦労だ」
105号室馬場さんの奥さん 「警察に相談したって、犬のパンツじゃ動いてくれないんだもの」
アイパー四方山 「そうですか。それじゃわたしも努めて監視するようにしましょう」
105号室馬場さんの奥さん 「すみませんねぇ。よろしくお願いします」
アイパー四方山 「なに、お安いご用ですよ」
(その夜、702号室ベランダで)
アイパー四方山 「うむ、違うか。…自治会日報、22:37 リーゼントに電飾の30代×。と」
アイパー四方山の妻 「あなた、プロ野球ニュース始まるわよ」
アイパー四方山 「うむ、今行く。えぇ、22:46 中座」
(30分後、702号室居間で)
日本テレビのお天気キャスター 「乾燥注意報が出されています。明日は杉花粉も飛びそうですね」
アイパー四方山 「ZZZ…」
〜 完 〜