耳鼻科で泣く
木原東子

二歳くらいのまだ舌足らず
睫毛の長い女の子と
並んで待つ間に
若い母親と世間話など

診察室のてんやわんや
医師はくり返した「きっと泣くよ、泣くよ」
彼もいやだったろう
施術は長く、泣き叫ぶ声は止まぬ
怖くて泣くのではない
いたい、も言えない
ただ痛い、いつまでも

母の心はいかにと
重く耐えられずに逃げて出る
かろうじて
いいさ、あの子は死ぬ訳じゃない

干ばつがあれば
キャンプの子らは死ぬ為に泣く
この世から見捨てられた
飢餓の子たちは
やがて泣く力も失うのだ


耳鼻科はいやなところだ

若い日に、耳が痛い夢を見た
それは夢ではなかった
友人たちと遠出する予定の日
まずは全員で耳鼻科まで行った

医師は椅子をしっかり握るようにと言った
「少し痛いですから動かないで」
少しの切開だったはずだが
脳天に響き、目の前が真っ白になった
呻いた
待合室にほうほうのの体でもどる

「いやあねえ、子どもみたい、泣いたの」
「泣いてないんかない、痛かったけど」
「涙がこぼれてるわよ」
自分でも呆れて拭いた


我が子らを
痛い目に合わせたことども
次々に迫いかけてきた
折檻や虐待ではない
それでも泣かすはめになった

それらが一気に襲って来た
最初の信号でこらえきれずに
泣いていた、町中で

何、この泣きは

無力な者の哀れさ

比較的
些細な哀れさだと知っていても
あとでいだけば
また笑うと知っていても


自由詩 耳鼻科で泣く Copyright 木原東子 2012-01-25 12:14:22
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