やあ
まーつん

やあ
何も愛してないぜ
俺は今 何も愛していない 何も

鎖にぶら下がった流しの栓みたいに 底なしの穴の上で 所在無げ
黒いゴムの顎先から 滴が垂れる ゆっくりと
涙型に結ばれた水滴が ステンレスの大地に
身を投げる 躊躇いの影も見せずに
清潔なクロムめっきの
輪っかに縁どられた
真っ暗な 排水溝

ああ 俺は何も 愛してない
本当に 怖くなるくらい
何も欲しくない
薄れかけていく 壁の染みのように
カーテンの足元から退いていく 薄暮の気配のように

消えていける
もしも そうできるのなら

愛と欲望は 何が違うの
どちらも 対象を欲しがる

愛は与え 欲望は奪う
そういうことなの

俺は 何かを欲しがりたい
それは 熱源
俺を突き動かし
時の川に放り込む
その流れの中で 俺は少しずつ 擦り切れていく

俺は 何も持ち合わせていない
それは 空白
俺を凍りつかせ
吹雪の山に根付かせる
その風にあおられて 俺は少しずつ 傾いていく

いつか 地に倒れ伏したとき 俺はついに
与え得る 存在になれる
この身体を 虫けらどもに
差し出す ことができる
粉々に砕けた細胞が 奴らの血肉になるだろう

ああ 俺はその時 初めて
与え得る存在になれる

もう 何も欲しがりはしない
もう 何も追いかけたりはしない

空っぽの両手を 振り回しながら
見渡すばかりの雪原を 走ることもない

温もりを求めて 灯火を求めて
月の下を 彷徨うこともない

俺は その時初めて
自分を投げ出す

手放す 空白の彼方に

与える この世界に


自由詩 やあ Copyright まーつん 2012-01-14 00:33:24
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