寝息
HAL

熱帯雨林の奥深くで
一本の樹が音もなく倒れる
遠い北の冬の海で
雨は海面を音もなく叩きつづける

彼が深夜 唐突に眼を開けるのは
そのどちらかの音を聴いた時だ
その瞬間 眼は闇の漆黒しか捉えることは出来ず
眼を見開いたまま 彼は何も視ていない

しかし 耳はその時はじめて
幹が裂け根元が割れ 土音を響かせて
倒れる一本の樹の断末魔の叫びを
水面を強く叩く滴がぶつかって起こる
無数の水面の悲鳴を聴く

そして ようやく漆黒に眼が慣れ始めた時
傍らで眠る彼女の真っ白な
光と闇が交じりあう白夜の朧美に似た
背中にそっと手を伸ばし撫でる

それが現であっても幻であっても構わない
それは 彼岸へと向おうとする彼の心を
此岸に留める舫い綱になり
暫くのやさしい眠りを齎してくれる

インド洋で啼く鯨の愛の言葉が
太平洋の鯨に聴こえるように
その啼き声を
彼は 彼女の静かな寝息のなかに聴く


自由詩 寝息 Copyright HAL 2012-01-13 15:10:54
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