ベン・ジョンソンとの思い出
花形新次

君と最後に会ったのは
2004年春のロンドン
ヒースロー空港だったね
僕が土産物を買っていて
君が目の前にいるのに気づいたんだ
あの時の君とは別人のような
穏やかな表情だったけれど
僕には君だってすぐに分かったんだ
だけど他の人は誰一人
君に気づいていないようだった
それとも最早市井の人の君を
気遣う優しさだったのだろうか
僕も「サイン貰って帰ったら、結構ウケるよな」
という気持ちを抑えて
君を静かに見ていたよ

すると突然君の眼光が鋭くなったんだ
そうさ、正しくあの時の
スタートラインに立ったあの時の
君の鋭い眼光さ
そして上体を少し低くして
素早く一歩を踏み出した
カール君のプライドをものの見事に粉砕した
往年の弾丸スタートだ

でも、君の目指したものは
栄光のゴールではなかった
土産物屋の棚に並んだ
エロ雑誌だった
君は一冊を取り上げると
元の穏やかな表情に戻って
レジに向かったよね

ごめんよ、ベン
ばらしちゃったよ
しかも2011年も終わろうとしている
この時期に

本当にごめんよ

ベン


自由詩 ベン・ジョンソンとの思い出 Copyright 花形新次 2011-12-30 17:53:03
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