命脈
salco

1月 梵天ブラフマーは金剛乗に還る
すると涸れ沢の畔に半裸を露わし
年若の尼が五弦の琵琶に弦を張る
きつうきつうに張るのだから
絹の撚が奏でるほどに
押えの指の血に染まる
2月 霊峰の雪煙が伽藍にたなびく
山襞が新珠の満月に照らされたのち
前世記憶を持つ児が生まれるであろう
遥かローツェの頂を望む谷合
その男児こそはラサの宮へのぼられる身
観世音菩薩アヴァローキテーシュヴァラが化身 ダライ・ラマの転生
3月 密命を帯び僧達が雪渓を渡る
峰を越え、烈風の尾根をひた走る
尊父母はまだ夜に怯え風に慄きはしない
「恐れるでない」赤児の澄んだ目がもう語る
雲海の下では軍隊が陣営を成し
街道の要所に配備されつつある
4月 異境の都に陽が兆す
周到に張り巡らされた雑音と沈黙の中
遠く離れて男は開花を嗅ぎ取る
彼こそはシガツェの院へのぼられるべき身
無量光仏アミターユスが化身、真なるパンチェン・ラマ
仕えるべき王も、御身さえもまだ知らず
5月 ダライ・ラマは語り続ける
あどけなく澄んだ目を以て
タルチョー祈祷旗を打ちはためかす風の中から
恐れるでない、チベットの民よ
いつか国は甦る、必ずその時が来る
必ず私はそこに戻る、私は常に共に在る



チベット暦は太陽太陰暦。閏月の挿入箇所により正月が1月〜3月の間で
毎年変動する。
亡命政府側の転生児は中国政府により現在も消息不明。死亡説(未確認)もあり。



自由詩 命脈 Copyright salco 2011-12-14 23:17:49
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