十二月の童話
salco

 半魚人


その海には半魚人がおりました。
彼は生まれた時からひとりぼっちでした。
生物学的にあり得ない以前に
遺伝学的にあり得なかったので
地球広しと言えども、同類がなかったのです。

こうして人間の作り上げたファンタジーにより
生を享けた中間種であるため
水陸両方で生活することができましたが
そのどちらにも安住できぬ
両生類として生き続けなければなりません。

えらが無いため半時ほどしか海中にいられず
肺呼吸にいちいち浮上しなければなりません。
加えて
体の構造も半端なものですから推力が足らず
肺魚や鯨のようには素早い潜水ができません。
ですから
いつも水深五十メートルほどまでの所を漂い
眠る時も
鮫の食欲や船のスクリューに注意を怠れません。

もちろん
二足歩行もできるのですが
陸へ上がれば鱗が乾いてしまい、体表が脆くなります。
また
浮力のない世界では自分の体がとても重く
大気圧も非情ですから、膝や足がとても痛むのです。
ただ
水圧のないぶん前進は楽でもあり
海中と違って明るく
鮮やかな色彩の溢れる景色を眺めて散歩するひと時は
体の負担を補って余りある楽しみでもありました。

しかし
人間に見つかってしまうと大声を出され
石などぶつけられるので、心がいたく傷つきます。
そんな時は
やっぱり海の方がいいと強く思い
二度と陸には近寄るまいと心に誓うのですが
暗く静かな海底で行き過ぎる魚を眺めたり
空と波しか見えぬ海面を往復しているばかりでは
じき退屈してしまいます。

ですから
人間が出歩かない真夜中
半魚人は岩場に上がって空を眺めるのでした。

 あそこは、この空っぽと繋がっているのだろうか
 すると頂なのか底なのか
 それともひとつの大きな海なのか
 時が来ると干上がって、ひとつの大きな陸になり
 明るい浅瀬を白い波がゆっくりと洗う
 だから陸上魚達も、その間に多くが活動するのか
 暗い波が寄せ来ると、海に戻って水飛沫をこぼす
 そんな海なのか
 
 あそこに行ける術はあるのだろうか
 飛び込む方法がどこかにあるのか
 もし、仲間があそこにいたらどうしよう
 こんなに残念なことはない
 いや、いる筈はないのだ
 自分だってこちらの海にいるのだから
 仲間はこちらにいる筈なのだ
 陸上魚だって、仲間が陸にいるではないか

そんな風に、半魚人は思ってみるのでした。


白いおもてに青痣を浮かべた光は変態を繰り返し
遠くで瞬く小さな光達も生きているに違いありません。
それにしては動きがひどく緩慢なのが
つくづく不思議です。

 あの生き物達は、ほんの少しずつ動く
 陸で見た植物のようなものかな
 そして珊瑚のように、夜に産卵するのだ
 だからあんなにちりちりと瞬いている
 
 いや?
 何かの相図をし合っているのかも知れない
 陸上魚もあんな風に光を発したり
 盛んに音を出すのだから
 意を通じ合っているに違いない
 
 冷光巨大は体が大きいぶん強いから
 朝方や暮れ方にも活動しているが
 灼熱巨大が現れるや、恐れて隠れてしまう
 何しろあんなに眩しくて強いのだから
 あの鮫が鯨には道を譲るのと同じなのだ

そう思い至って合点したのでした。

月のない晩は、星々や雲を眺めて過ごします。
そんな風に色々見ながら考え事をするのに
岩場は好都合でした。
鱗が乾き始めたら、水に滑り入って体を労わり
万が一、人間に見つかっても
岩肌の凹凸が歩を妨げてくれるので
その間に深みへ逃げられるという利点もあります。


人間と同じように、彼も悪天候が嫌いでした。
下の方は静かなのに、息継ぎのために浮上するにつれ
うねりに翻弄され、大変苦しい思いをするからでした。
それより尚ひどい海上の波浪と
鉛色の重たい空から叩きつける雨風を思うと
とても憂鬱になります。

そんな時は、岩蔭にじっと潜んでいる魚達が
殊さらに羨ましいのでした。
そして自分にもせめて
一人でいいから仲間がいたらなあと思うのです。

 そしたらこんなに退屈しないし
 うねる海面へ出るのも苦痛じゃない筈だ

すると同じ姿をしているのに知らん顔同士の連中よりも
やはり交互に声を出して盛んにじゃれ合ったり
いつも庇い合って生活している海豚や鯨の群れが
とりわけ羨ましいのでした。

近寄っても嫌がらない者達もいましたが
そんな鷹揚もほんの気まぐれ
飽きれば尾ひれを一振りで行ってしまいます。
とても追いつけない速度でした。

 果てない海だろうもの、どこかにはきっと仲間がいて
 長い長い旅をすれば、いつかは巡り会える筈だ

と半魚人は思うのでした。

 長い長い旅さえすれば
 死ぬまでには巡り会えるだろうか

と思うのでした。


自由詩 十二月の童話 Copyright salco 2011-12-10 23:24:45
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