ふるさとの点景
木原東子


Yの祖父は最初Yの男親であった
強く頑固で笑わず坊主頭の大男

金色に光る錦江湾と
七色の完璧な稜線を持つ桜島を
並んで眺めた
たった一冊の絵本を読んでくれた
少しでも間違って読むと
幼いYがそれを注意した
祖父は笑った、嬉しそうに

水瓜は深い井戸で冷やす

平たい敷石で夏は行水をした

いちごは小山にのぼりつつちぎって食べる

へびいちごの美しい墓の石段

陶器のおおがめに咲くホテイ草の淡い花

大八車に乗せられて登る丘の上
サツマイモの畑で生を齧ってみた

小笹とお茶の生垣沿いに
小径を走る
空襲の時、焼夷弾が落ちるからと
はずしてしまった天井をつけることもなく
屋根一つのボロ屋住まい

未婚の美しい叔母たちが歌を口ずさみながら
洋服を縫っていた
没落の地主の一家

Yはにわとりを抱っこして
子犬をおんぶして遊んだ
竹細工の包丁を祖父が作ってくれた


20年の時は過ぎ
娘たちは嫁に出し、祖父は半身不随となる

最期に会いにいったとき
Yの心は離別を知っていた
溢れる涙を何とか隠す
「どうした、泣いたような顔じゃっど」
Yは必死で微笑もうとした

祖母も逝き、家は山崩れで崩壊した
その時近所に二人の犠牲者すらでた

土地は売られ
墓は他県に移された
また30年の時が流れ、
そこに住んでいたYの叔父も亡くなった

Yの母親にとって、そこは今も光り溢れる泉
Yにとってもふるさとはそこ
それが母子を繋いでいるかのようだ


自由詩 ふるさとの点景 Copyright 木原東子 2011-12-07 19:35:33
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