人は咲いている 虹色に
るるりら


にわか雨が遠ざかったあとの 特別な においがして
草むらの開花のそぶりは どれもこれも霧の中 
足にからむ露を 蹴散らしなから
花畑を駆けぬけると 遠い山は ぐっと近くなり
鬱蒼とした葦の間で 淵が どろりと こちらを視ている 
そして 壊れかけの木舟が一双 
幼い二人の前で おいでおいでと 揺らいでいた

生い茂った原っぱの向こうの
深い森との間にある
「ねぇちゃんは なんで 心太(しんた)なん?
なんで 女ななのに よりにもよって俺と同じ男みたいな あだななん?」
少年のような姉と、男になりたがる弟
解らんことばかっかりの沼の入り口
こわれかけの 小舟 軋みながら 沼の中 
ゴボという音を一緒にきいた 舟の中に水が入る

飛沫や悲鳴や怒号や驚愕
ふたりは 小舟から 飛び降りて
息をきらして ずぶずぶ沈む舟
を忘れるように 走って走って走った
そうしているうちに ふたりの影は 長くなる
死にかけたことが 楽しくてしかたない

死にかけたと本気で感じた瞬間から 
弟の影が妙だった
人影が、血と汗と太陽と草の獣の影だった
なにか それまでとは 違うものだった
それは 感情が生み出すものではなく
いづれ科学的な表現も可能な事柄のような気もする

背面の影は 青みかがっており、 
おなか側の影は 赤みがかかっている
体温の放射が激しい側面とそうでない側面
まるで虹のような配列の光を 弟の影に 姉は見るようになった

そして しばらくすると 姉は弟にだけではなく
あらゆる人の影の周辺に 虹色を 姉は見るようになった
ほかの人には見えてないらしい

蝶は白い花の中央に花の在処をみつけているという
姉は人のくらい影に 虹色の体温の在所を視るようになった
人の持つ蜜

日の光に透かしてでしか それは見えない


自由詩 人は咲いている 虹色に Copyright るるりら 2011-12-04 04:30:20
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