閉所恐怖症の猫
そらの珊瑚

ベイビー
あたしのことをそう呼んだのは
最初の飼い主だった

本当の名前はコインロッカーベイビー
長い名前はめんどうなので
いつしかベイビーになっただけ

生まれてすぐ
まだ眼も開いてないチビの頃
コインロッカーに捨てられた
暗くて小さな箱

息をするたび
酸素が無くなってしまうんじゃないかとおびえた
暗くて小さな箱

まだ生きている
明日は生きているだろうか
死と生が同居していた
暗くて小さな箱

寝返りをうつたび
壁がせまってくるようで
恐怖というモンスターと必死に闘った
暗くて小さな箱

次の名前はスノウ
私のこと、白い綿雪みたいだからって
ずいぶんロマンチストな男だった

「今日は何が食べたい?」
「駅前の美濃屋の焼き鳥! もちろん塩でね」
男はおまけにベジタリアンだったから
自分では食べずに
あたしが食べるのを楽しそうに見てたっけ

そのうち
男の愛で満たされていく部屋が息苦しくなって
あたしはそこを飛び出した
だってあたしは閉所恐怖症
愛なんて小さな箱で暮らすなんてまっぴら!

婚姻届けを長い爪でビリビリに引き裂いた

今でも
男がつけた
ペンダントの鈴が
チリリと鳴るけど

あたしは閉所恐怖症
愛なんて小さな箱で暮らすなんてまっぴら!

でも名前が無いのは
さみしいから
次の飼い主を探すのさ


自由詩 閉所恐怖症の猫 Copyright そらの珊瑚 2011-12-01 08:17:39
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