「また会おうね」
木原東子

Yの海馬の幾つかの
細胞に刻まれたひとこま

「また会おうね」と
Yが弟にかけた言葉
にっこり白い歯を見せた

会えたのか、呼ばれてみると
意識は無くて体中で息を求めていた
「〜彦ちゃん、苦しい? 痛い?」
骨だけの肩をさする
「〜彦ちゃん、大丈夫?」
大丈夫な訳ないのに尋ねた

「ああ」と大きな声が聞こえた
天井から響いたように

いつものYの弟の返事だった
誰にも安心感を与えてくれた
それが最後の声音だった

Yが明らかに悪いことをして
相手から責められた時、
「身内だからたとえ悪くても味方する」
そう明言した

Yが絶望して悶え泣いていた時
「いつか、いつか笑う日もくるさ」
そう明言した

楽天家の慌てたことの無い
Yの弟が逝った
病に負けじと戦い
静かに息を引き取った

Yはぼんやり考える
心配も苦労も大きな胸に
引き受けて
死も抱きとったことだろうと

弟の会社の文字を見るたびに
ひとり此の世から去っていく寂しい姿が
Yの心を痛ませるとしても


自由詩 「また会おうね」 Copyright 木原東子 2011-11-23 19:40:45
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