ケンタッキーフライドチキンを食べた夜は
木屋 亞万

毎月28日はとりの日である
28(ニワ)トリというやや強引な語呂あわせで
オリジナルチキン4ピースとクリスピーが3個で950円
俺はそれをお持ち帰りする
「買出し頼まれちゃったよー全く困っちゃうよね」というオーラを出しながら
さもこれから複数人でそれを食するような雰囲気で家へ持ち帰り
一人で全てをたいらげる
鶏と俺との真剣勝負である
胃もたれなんてくそくらえ
ビールのロング缶を一つ箱の脇に待機させたら
finger lickin'goodと書かれた長方形のボックスをオープンする
紙袋に入れられた骨無しのクリスピーをさくさくと
雪の日の道を踏み鳴らすようにして肉街道へ足を踏み入れていく
何てことはない実にさっぱりした肉だ
今の俺に言わせれば前菜みたいなもの
骨抜きにされた肉の三人官女をぺろりと食ってしまえば
いよいよ肉の殿上人の待つ清涼殿の御簾を開けねばなるまい
薄く白い紙は心なしか照り輝いている
その中に納まっている四つの肉塊
まずは骨が少ないキールを食う
油気の少ない胸肉にして店員に選ばれし鶏肉四人衆の先鋒
わしわし食うのにちょうど良い
ニク!ニク!ニク!
残った軟骨もぼりぼりと噛む
わずかに骨がのこるのみ
続いてあばらのリブを食う
マッチ棒のように細いアバラについた肉を舌でレロレロ穿り出して
指をギラギラと油で光らせながら衣という衣をすべて剥ぎ取り
時折それを炊き立てのご飯に乗せて食す
骨の隙間には血の塊のような内臓が隠されておりそれが密かなアクセントとなる
給水する走者のように時折ビールに手を伸ばし
ビールで口の中にたまる油と塩分を洗い流していく
香りたつスパイスと肉は胃袋の中でアルコールと混ざり合い
鳥喰い人たる我が血潮をさらにたぎらせることとなる
残すところあと2ピース
しかもウィングとドラム
つまり手羽と脚で肉はあまりついていない
双方とも肉としてはなかなかのものだが食欲の権化たる今の私にとっては
かような肉をたいらげることなど赤子の手を捻るようなものだ
ライオンが兎を捕らえるのにも全力を出すように
俺も二つの肉に無心で
本能のままに齧りついていた
あふれ出る肉汁
気付けば目の前の肉は全てこの身体の中に取り込まれていた
あれほどまでに高貴な(そして香気)な衣にその身を包んでいた
位高き肉塊たちはことごとく食い滅ぼされ
あっというまに骨の山と化してしまったのだ
わずかに骨に残った衣も一つ残らず引っ剥がしご飯にかけて食い尽くす
ちゃぷちゃぷと缶の底に残ったビールも飲み干して
鶏と俺の静かな戦いは落ち着きをみせ始める
その代償は意外に大きい
過剰に摂取した脂肪分がしばらく胃をもたれさせ
夜が更けるほどに取りすぎた塩分が喉を渇かしていく
とりの日の宿敵が残した傷を腹の内に抱えながら
なおも俺の戦いは終わらない
水を入れた鍋の中にあの鶏たちの骨を放り込む
ダシをとって冷蔵庫で待機している中華麺のスープとするのだ
戦いの疲れを癒しながらほどよく出汁の出るのを待ち
ザルで漉したら首を長くして待っていた麺を入れ
出汁諸共に喰らってしまう
その香りの芳しさ
味の美しさたるや壮絶な戦いの締めくくりふさわしい
そう〆のラーメンである
不健康の極みと引き換えに食欲の解放される夜
死にゆく鶏の残すスープは図らずもやさしい味がする
あのあばら骨の細さを見るに
鶏たちはまだ子どもだったかもしれない
それならば欲に任せて大人気ないことをしてしまった
若くして散った鶏の命を思いながらごちそうさまと手を合わせる
こうして俺のとりの日の夜の戦いはようやく幕を閉じるのである


自由詩 ケンタッキーフライドチキンを食べた夜は Copyright 木屋 亞万 2011-11-14 00:11:32
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