オイフォリ
Lily Philia




だれかが天上から
そっとオールをさしいれてくる。
凪いだ水面のようにしていた雲はしずかにわれ
そこから幾本にも分かたれた
まばゆいばかりの光の束がおりてくる。
はじまりは右のオール。
おしまいは左のオール。
守られていた静寂の庭に
しろくちいさいものたちがせわしく
等しい距離と距離のあいだで明滅をはじめる。
オールが動かされるたび
のいばらの白い花束は点々と結ばれ
そうしてほどかれてゆき
白くかわいた道には
音のないキラ雨と反射だけが揺れている。
あの日の砂浜よりも白い
熱い砂の地面をふんで
あたしは灯り揺れている光溜まりを
片足ずつ慎重に交互に飛びわたってゆく。
のいばらの生け垣の
その向こうがわには
花の香りに満ちた小さな庭が広がっていて
うっすらとにじんでゆく
波打ち際のような花びらの群生が
溢れたひかりに浚われ
ひかれては
よせあっている。
そこへうちあげられたあたしは
流木に似たからだを横たえ
やがて焼かれたあとの骨のようになってしまう。
その安らかすぎる絶望のなかで
ただひかりのつぶが
ぷかり、ぷかりと
浮かんでは消えてゆく様をみていた。
ひとつのこらずこぼさないように
のいばらのしげみから浮き上がる
白い花びらとひかりかがやくものをながめていた。
頬に刺さる芝の
みどり色の切っ先
それが露を湛え虹を孕みはじめると
やがてあたしは波にくるまれ
沖にさえいってしまうだろう。
春が死んだ庭では
鳥たちが祝魂歌をうたう。
あたしは
祈りを捧げるときよりもさらに背を丸め
海底にうずまる空っぽの貝のようにねむる。
あらゆるもののうえに
神さまと呼ばれるものがあらわれて
あたしのうえには
幾重にも広がった水の輪によく似た
同心円の金輪があった。
あたしは揺れていた。
天井の舟に乗るひとがそっとオールを手放す。
はじまりは右のオール。
おしまいは左のオール。
閉ざされていた要塞に
夏の風がふく。







自由詩 オイフォリ Copyright Lily Philia 2011-11-07 21:58:50
notebook Home 戻る