サヨリ美人
長押 新


熱の少ない太陽が顔を照らし
濃い色をした海が
波の音もせずにサヨリの群れを映す
バケツに汲んだ海に
人差指を入れて吸いあげて
塩の味を確かめるのが好きだった
いつもより濃い人差指が
これまた光った
赤い色をしたオキアミを籠に詰めながら
岸壁に足を投げ出してみる
すぐに背を引っ張られ
広げられた椅子に座りこむ
影が魚を脅かしてしまったから
オキアミを撒いて魚に謝る
安い竿と他県のナンバーの車を
釣り場のおじさんが笑う
それを無視して鼻歌を歌うと
おじさんは散って行って口紅の綺麗なサヨリが踊り始めた
下唇の突き出た不格好な顔が
透き通る身体と合わさり妙な色気を醸し出す
その色気に騙されるがまま仕上げた仕掛けが
水面に投げられると
次々にキスの嵐が吹いて
竿がクイクイと引き寄せられる
海から上がったサヨリの受ける光は熱を持ち
細い線が血を涸らして空を走る
ぎゅっと掴むとぬるりと鱗が脱げる
私の手が鱗で光った
愛しているって呟いても良いけれど
バケツから飛び上がるサヨリを見て
おじさんがやってくる
私は糸を垂らし一人で鼻歌を歌っている



自由詩 サヨリ美人 Copyright 長押 新 2011-10-24 20:29:44
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