レクイエム/ララバイ
塔野夏子

あの頃
世界は終わりつづけていた
人々がざわめき行き交う街は
同時に 虚ろな廃墟だった
あらゆるものが僕の意識から
辷るように遠ざかりつづけていた
   (でもいくつかのものごと たとえば
    誰かが橋の上から放り投げた花束
    広場の踊り子のゆらめくスカート
    プラットフォームに立ちつくす黒い外套の人の憂いの瞳
    そんなものたちの記憶が妙にあざやかなのは
    何故だろう)

終わりつづける世界から
自分を護るためにだろうか
僕は僕の輪郭を研ぎ澄ましつづけた
   (ひょっとしたらあの頃の僕の姿も
    誰かの記憶に あやうくあざやかに
    残っているのかもしれない)

どこからかいつも歌が聞こえていた
それはきっと
終わりつづける世界へのレクイエム
そしてその世界の片隅で震える
僕を眠らせるララバイだった

   *  *  *

時は流れ
研がれていた僕の輪郭もいくぶんやわらぎ
世界はもう 終わりつづけてはいない
少なくとも あの頃ほどはっきりとは

けれど時折 ふと耳によみがえる
あのレクイエム/ララバイが
不思議な甘やかさかなしさを帯びて
意識の深くへと昏くたなびく





自由詩 レクイエム/ララバイ Copyright 塔野夏子 2011-10-19 21:07:24
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