楽屋には雨が降っている
彼は黒い傘をさして
鏡の前に坐っている
これまでに舞台では
幾千もの笑顔を見せてきた彼だが
今はそのどれとも違う笑みを浮かべている
愛する者と共にいるときに
見せ ....
君は踊る
薔薇を 菫を 雛菊を踊る
揚羽蝶を踊る
木洩れ日を 気ままな風を踊る

君は踊る
虹を 青ざめた夜明けを 葡萄色の黄昏を踊る
波を 湧きあがる雲を 嵐を踊る

君は踊る
 ....
そしてまた梨の花が咲いた
記憶の裏窓に
梨の花が咲いたのだ

少年の横貌を
咽喉の線を
正しく記述する春の香気

    咲いたよ 微笑む
    咲いたよ はにかむ

その指が ....
心臓の中で
春が笑っている

笑っている春の中で
一面のチューリップが笑っている

笑っているチューリップの中で
少年が笑っている

少年の無邪気さが
チューリップを{ルビ ....
左の翼は
羽の一枚一枚がすべて
小さな銀のナイフ
右の翼は
羽の一枚一枚がすべて
紅い薔薇の花びら

その飛行の軌跡は
歪みつづける
あるいはその飛行が
天を歪ませてい ....
愛し合うことで
この世界を美しく{ルビ汚=けが}そう
互いの内なる罪の昏さに
惹かれ合った二人だから

二人がいろいろなかたちで
抱き合うそのたびごとに
幾重にも罪は深く響き合う
二人 ....
不思議
深く眠りながら
果てしなく醒めている心地
見えない舟が 横たわる僕を乗せて
透きとおる彼方へと 漂ってゆくよ

夜は青く
あえかな香りが僕を包む
この流れのほとりには 何処まで ....
夜の底
白いテラスで
まるで一粒の水滴になったような気持ちで
佇む
この心は何かから
別れてゆこうとしているのだ
何からなのかはわからないが
さびしく はるかに
遠ざかってゆこうとして ....
砕かれたうす赤い冬薔薇が
華奢な少年の頸すじに散る
銀色の沈黙を張りつめる空に
黒く慄える梢が罅を入れてゆく
丘の上 灰色のあかるさの中に
観覧車は立っている
色を失くしたその骨格を
冷たい空気にくっきりと透かして
ただしずかに廻っている

ゴンドラのひとつひとつに
乗っているのは
かつてそこ ....
晩秋の薔薇の逆光

僕らの無言が凝固する日時計

輪郭の綻びかけたモノリスの横貌

枯れた水盤の縁に小さくゆらめく追憶
君は銀の鳥籠に
薄紫の星雲を飼っていた
窓の遠くに見える森の上の空に
時々神様の背中が見えると云った
僕は君にしずかな憧れをおぼえながら
でもただ淡々とあいづちをうったりしていた ....
君の生まれた十月の国で
うたうように眠りたい

銀木犀のしずかなかおりが
漂う夜気に包まれて

丘を木立をぬって流れる
川のせせらぎを聞きながら

  幼い君が 少年の君が
  夢 ....
あの頃
世界は終わりつづけていた
人々がざわめき行き交う街は
同時に 虚ろな廃墟だった
あらゆるものが僕の意識から
辷るように遠ざかりつづけていた
   (でもいくつかのものごと たとえば ....
夏が去ったあとのがらんどうに
いつしか白く大きな九月階段が出現していて
そして僕らはその段々の上に
蒔かれたように腰かけていた
ただそこで空を見あげていたり
何かを読んでいたり
歌をうたっ ....
白い八月の午さがり

目を閉じて

君の幻を見ている

水のレースにふちどられたドレスで

踊っている

きらきら

きらきら

僕の瞼の裏にも水の雫が飛んで

きらき ....
日盛り
頭上に覆いかぶさるのは
この上なく濃厚な夏の青空

ひとしきり蝉時雨

百日紅の花が揺れ
――あの庭にも 百日紅がありました
と どこかから誰かの声

しばし足元に目を落と ....
夏の

薄明と

薄暮とが

震わす弦

此の世と

彼の世との

あわいに張られた
雨の季節が過ぎ
風の中から 川面から きらめく緑の梢から
いっせいに放たれてゆく
夏を奏でる音符たち
それらはゆらめき絡み合い
透明なアンセムになる

その響きに
意識を浸せば
やが ....
いくつもの風が過ぎた
いくつもの雨が過ぎた

いつ結んだ思い出だったろう?
   僕の地平をゆく青い旅人に
   君の塔に棲む白い少年が手を振る

日と月とがめぐる 星座がめぐる
幾重 ....
薔薇紫のたそがれに染まる街
六月

ずっとひとり透明な気持ちで過ごしてきたけど
誰かを待ってるような気にさせられる

むかし好きだったうたをうたいながら

誰かを待ってるような ....
僕らは名づける
僕らの世界のあらゆるものに名づける
僕らの世界が傷ついても
その傷にもやがて名づける
僕らの世界が変わってしまっても
その世界にやがてまた新しく名づける
   僕らは名づけ ....
{引用=*四行連詩作法(木島始氏による)
1.先行四行詩の第三行目の語か句をとり、その同義語(同義句)か、あるいは反義語(反義句)を自作四行詩の第三行目に入れること。
2.先行四行詩の第四行目の語 ....
隠された寝台で
黒衣をまとい 彼女は眠る
やがてその眠りに霧が立ち籠め
その中で 鬱蒼とした森林と
銀と透明にきらめく都市とが
ゆっくりと近づき
そして静かにまじり合う

 ....
ひしゃげた白い空に
ひしゃげた日暈が架かっている

とりどりのチューリップは群れ咲き
金属的に笑っている

その笑い声の中を
黙示録に腐蝕された心臓がひとつ
歩いてゆく

果たされ ....
墓地の芝生の上を
早春のあかるい風が吹き

ある白い墓標のかたわらで
小さなデイジーの花束が
微笑んでいた

そのことをくりかえし思いだす
私ひとりの影と
しずかな陽射しと

そ ....
夜明けの人よ
この胸の彼方の青い丘に立ち
おそらくは私を待っているのであろう
夜明けの人よ

あなたのもとへと
私は行きたい
けれどそれにはまだ
私が過ぎ去らねばならぬもの
私を過ぎ ....
世界の果てに 椅子を二つ置いて
暮れつづける夕暮れと
明けつづける夜明けとのあいだで
いつまでも 話をしていよう
目を閉じて
果実たちの歌をうっとりと聴いている君の午後
に あたり前の登場人物のようにとどまっていたいのに
何故だろう砂のようにこぼれてゆく僕の輪郭
すっかりこぼれてしまう前に
君に気づいて ....
わたしの内部で
薄明と薄暮とが 蒼く対流している
その中を 灰色の臓器のようなものが
古い記憶のように ゆっくりと上下する
塔野夏子(458)
タイトル カテゴリ Point 日付
六月の楽屋自由詩6*12/6/7 18:06
踊るひとのための連祷自由詩23*12/5/23 20:38
裏 窓[group]自由詩9*12/5/11 19:38
春 鬱[group]自由詩9*12/4/29 21:04
不自由な天使自由詩7*12/3/25 12:22
ユートピア自由詩4*12/3/19 19:52
見えない舟自由詩7*12/2/27 19:47
青の別離自由詩7*12/1/31 20:22
北 窓自由詩4*11/12/29 20:28
冬の観覧車自由詩13*11/12/9 20:17
午後小景自由詩3*11/11/23 11:23
神様の背中自由詩4*11/11/13 20:17
うたうように眠りたい自由詩7*11/10/31 19:51
レクイエム/ララバイ自由詩5*11/10/19 21:07
九月階段自由詩22*11/9/11 12:19
水のレース[group]自由詩4*11/8/19 20:38
夏 空[group]自由詩4*11/8/7 12:22
蜩(ひぐらし)[group]自由詩3*11/7/25 17:38
夏のアンセム[group]自由詩5*11/7/15 20:54
僕らの日々自由詩7*11/6/29 21:04
六月の魔法に抱かれて自由詩2*11/6/5 20:18
僕らは名づける自由詩3*11/5/29 11:59
四行連詩 独吟 <都市>の巻[group]自由詩5*11/5/19 14:51
最も深い夜に自由詩3*11/5/11 21:23
春の午後[group]自由詩7*11/4/15 19:55
デイジーの頃[group]自由詩2*11/3/31 20:20
夜明けの人自由詩9*11/3/3 20:15
週 末自由詩19*11/2/21 19:54
君の午後自由詩7*11/2/11 20:02
自由詩4*11/1/29 20:04

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