(連作) 公然たる敵
榊 慧

引き裂かれた敵ではない。明快な裂け目など存在しない。 1


(右のかかとの皮膚が痛い)

存在しない。
存在しない。
存在しない。

君の皮膚は夜に呼吸を始める
それとともに肥大する胸、腹、太股、
立ち籠める臭気の中から、天井を指し示す白い足をつたって
精液は天の川に流れる、夜

フロイトは存在しない朝、流れろ、
お前を溶かすまでもないがそれは存在している、
「だけどそれを、その液体を使ってやろう。」流されるな、己、「おおーい、」
溶かしてやろう。溶かしてやろう。お前。

串刺す、お前の体を、裏返る意識の
粘膜をねぶり、嬌声を上げる双腕を切り落とす、
怪物である必要はない、敵であれ、俺を貫く、
反り返る白い足の指先ははやがて産声をあげる朝へ

私は止めた。その行為、例えば。「やめなさい。」
アルコールも吸収できないお前など、やがて溶けるのだ。そうに決まっていた。
朝は早起きし、お前はそのままであった。
私の何を知っている?例えば。「やめろ。」
愛してやろうか、お前、が望めば。そうしなければ俺は止め続ける。

わが内に越境者一人育てつつ鍋洗いおり冬田に向きて 2

その欺瞞だらけの舌、やわらかく俺に触れる唇、俺を腐敗させる、
朝を見ずに、その指し示すものの付け根に接吻する、
俺は溶けるかもしれない、腐りながら、四肢はこそげ落ちる、
ややもすれば自分の意味を脅かしかねないような意味の種を心の中で育てながら
でしか、俺は意味しないのだろう、それでいい
されば笑える、俺は腐乱しながら漂うひとつのピアノであれ、
旋律は君の黒髪の流れのようにせせらぎ、再びの夜へと還るだろう、

お前のものを切り落としてやろう、敵よ
好きなものを言え、敵よ、お前だ
不潔なものは嫌いな己によってお前をつらぬく俺だ、
お前よ、迎合しろ、この己に。夜には帰る俺だから
愛するものは無くてよかったのだ。お前
「エチカ。」

響く、この体を果てしなく包みこむように響く、その言葉、
ふと、慄き、視線を背けた窓の先に灯る曙光に牙を剥く、
包めばいい、敵よ
俺は俺ではないものの錐であれ、
俺を総べ、女よ、白い足はだらしなく横たわり俺は眩暈を堪えることが、
出来ない、

ヨカナーンにしてやろうか、女が言う
甘んじて受け入れるだろうお前、
林檎をかじるお前の口を引き裂いて差し上げよう、縫いつけてやろう、
「俺がサロメでお前がヨカナーンだ。」








1、ジャンジュネ、『J・G求む、探し求む…』
2、寺山修司、『血と麦』より











自由詩 (連作) 公然たる敵 Copyright 榊 慧 2011-10-09 13:27:32
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