父と子
ゆべし



狼が疾風となって駆けるのを
ぼくはただただ見送るばかりだ

(ぼくには強靱な脚がない)

狼が鋼となって獲物を狩るのを
ぼくはただただ見守るばかりだ

(ぼくには牙がなく爪もない)

狼が低く大きな月にがなるのを
ぼくは遠音に聞くばかりだ

(ぼくには理想がなく信念もない)

産女の腹ほどに腫れた月は、狼の頭上で割れた
赤い粘液が降りかかる
濡れそぼった尾の先から耳の先まで、灰色の毛が波打った

「息子よ」

彼が呼ぶ

「私に続け」

ぼくは必死に逃げるばかりだ

(ぼくには理想がなく信念がなく)

はみ出しそうな胸の鼓動に彼の足音が重なる

(爪がなく牙がなく)

荒い息遣いが耳殻を舐める

(強靱な脚がない)

月の体液を浴びた槍が
ひといきに喉を貫いた




自由詩 父と子 Copyright ゆべし 2011-10-01 00:29:11
notebook Home 戻る