友引のひと
恋月 ぴの
手持ち無沙汰に見上げれば夏のような雲の動きと
山すそは無残に切り開かれ
ひとの忌み嫌うものの一切合財を
そのはらわたに黙して受け入れているのか
それとも受け入れざるを得なかったのか
今日はそんな日であることは疑いようも無い事実だった
※
壁際の肌触りはキリコを意識しているようで
多面形で構成された正面玄関前に一台のクルマが滑り込む
霊柩車と呼ぶには粗末なワゴン
運転手は後部ドアから棺を引き出した
あれもストレッチャーなのだろうか
器用にひとりで棺を乗せると斎場のなかへと運んで行く
誰の棺なのだろう
タクシー待ちな私達の他に遺族らしき喪服姿は見当たらず
このあたりは森深い丘陵地帯なのか
それでいて意図した静けさに支配されているのは隠しようも無く
※
恥ずかしいぐらい質素だった母の葬儀
よくあることらしく嫌な顔ひとつしない係りのひとに尋ねれば
あれは行旅死亡人を荼毘に付しているとのこと
運転手は棺を館内へ運び終えると
駐車場で暫しの時間待ちでもするようだった
打ち合わせの電話でもかかってきたのか
白い半そでシャツの運転手が忙しく書類をめくっていた
配車してくれたタクシーはどうしたのだろう
何処かで道に迷っているのだろうか
生きる目的を見失ったまま
今頃三途の川を彷徨しているに違い無く
行旅死亡人
それは私のことなのかも知れず
※
また一台、粗末な霊柩車が正面玄関へと滑り込む
助手席には位牌を抱いた餓鬼の姿
後部ドアを運転手が開くと
ダニが湧き出してきたかのように腐臭漂わせた餓鬼の群れ
今日はこんな日柄だったのだ
弟と私
そんな友引の日に母を弔ったのだ
位牌に戒名など間に合うはずも無く
「故」と「之霊位」の間には母の名前
それで喪主としての務めを果たせたのだろうか
ヒグラシでも鳴いていて欲しかった
過ぎ去りし季節にしては眩しさ残る空模様だった