秘密。
ときこ

気分が乗らなくて机の上に無造作に放った手紙。数日経ってその封筒を見つけた時、中身を見てもいないのに
「あぁ、とうとうこの時が来てしまった」
と思った。

見覚えのある字で宛名が書かれたその手紙は、僕に読まれるのを机の上で大人しく待っている。おてんば娘だった彼女からは考えられないような、ずいぶんお澄ましな封筒。

覚悟を決めてカッターを取る。封を切る手が震え、僕はやっとの事で中身を取り出すと金色で縁取られた便箋に目を落とした。


あぁ、ついに来てしまったのだ。






「結婚願望とかあったりするの?」

その時、 僕が彼女になんと言って返したかは覚えていない。
しかし、彼女の口から出た“結婚”という言葉に、妙に近いような遠いような不思議な感覚に陥ったのは覚えている。


「私はしたいなぁ…、やっぱり女の子に生まれたからには。素敵な人と結婚して、白いドレス着て、きれいなお嫁さんになるの。可愛い子供たちと毎日庭のブランコで遊びたいなぁ」


庭にブランコなんてどれだけ広い敷地の家に住むつもりだ?と思いつつも、目をキラキラさせてそう話す彼女から僕は目が離せなかった。

時々ケンカもしたけれど、彼女と一緒にいられないと胸がキュウっと痛む。
一緒にいても、彼女の表情が変わる度に僕の胸は傷んだ。

ああ、僕は彼女が好きなのだ。

あの頃、まだ子供だった僕にとってはこの痛みが恋で愛だったし、きっと僕は彼女と結婚するのだと勝手に思っていた。
結婚して、子供も出来て、母親になっても無邪気な彼女が乗るブランコを押すのは自分だと、
そう信じていた。




*




私、結婚しました。

また会えたらいいですね。




*





「しょうがないから結婚してあげる」と笑って、「早くブランコ押して!」とせがむ彼女の姿が僕の前から遠ざかる。
誰よりも近かった距離は、気づいたら随分と離れていた。

結婚した彼女は、誰にその背を押す事をせがむのだろう。
僕は知らない。



そして彼女も、この机の中に自分にぴったりのサイズの指輪が入っていることを、
知らない。



散文(批評随筆小説等) 秘密。 Copyright ときこ 2011-09-21 23:27:22
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