喪失へのコラージュ
草野春心



   精液が夜に喪い、形のようなものを、
  鮮やかさに押し込めるために、闇を乳白
  にしてゆく、スローに叩かれるエンター
  キー、ポットで黙るコーヒー、まだ幼い、
  少女の、幻影、甘美さの円形、立ち止ま
  ることを恐れ、月を指差し、自虐し、高
  らかに笑い、もう一度叩かれるエンター
  キー、凝固する空白に、文字を刻んでは
  消し、嘲られる哲学に、それでも、一対
  の乳房は寄り添い、鳴く、鳴る、月の宿
  す欠落に頬を濡らす、夜に喪う、単なる、
  けして語られえぬ、清潔。

  *

   滞りさえない結晶、まっすぐに見つめ
  られると、何も言えなくなるので、それ
  でわたしは冬が好きなのです、と、震動
  したから、大気は博識な老人となり、ふ
  たたび、拗ねた赤子に戻り、言葉をねだ
  り、根絶やしにします、あなたの舌を乾
  かすために、誘っています、なんでしょ
  う、つめたい、丸い、流れるものの尊さ
  を知ってゆきます、こんなにもつめたい、
  こんなにも苦しい、朝、なのでしょう、
  命を宿しているのは、咳をするためで、
  飴を一つ舐めるためで、毛皮を羽織るた
  めです、知ってゆきます、明日には必ず、
  知っています。

  *

   なにものかの、使い古された静脈が砂
  漠に這っていて、その先端から血溜まり
  が広がっていて、旅の男が口を濯ぎ、水
  筒に、その赤さを細長く貯水し、去って
  ゆく足元に、なにものかの、使い古され
  た表皮が乾いていて、啄むものもなく、
  影よりも無口に、みずからを繰り返し、
  みずからを深くしてゆくので、悲しみは
  そこに閃く、太陽から遠く、神々の歌か
  らも遠く、すべてへと、帰郷したいと、
  願う先に光は燃え、くるおしく光は燃え、
  焼き付くことを繰り返す。

  *

   かつて魚が群泳していた記憶だけをと
  どめて、呼吸している海がわれわれを抱
  くように、われわれもまた海を許してい
  ると、あなたがそう考えているので夕日
  は此処を選んだのであり、烏も鼬も鯨で
  さえも此処に色彩を花散らすのであり、
  此処で終わり、消えてゆくのであった、
  尖ったガラスに歪み、それを握り、苛み
  にみずからを与えようとするあなたは何
  よりも美しい、その証拠は? ――「証
  拠は、此処に。」そう笑い、あなたは砂
  のふくらみを掘り、石をよけ、花を捨て
  る、その証拠は? ――「証拠は、此処
  に。」かつて生きていたはずの、あなた
  の母親の、遺体、完全な、表情の、欠落。






自由詩 喪失へのコラージュ Copyright 草野春心 2011-09-21 20:52:48
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