横たわる少女
三条麗菜

誰にも知られてはならない
耳をそばだてて

この地面の奥深くには
川のように赤い血が流れていて
少女だけがその流れる音を
聞くことができるのです

でも聞き続けていてはいけません
自分がなぜ一本の樹でないのか
分からなくなって
体の中身が根になろうとして
地中へと流れ落ちてしまうから

誰にも知られてはならない
耳をそばだてて

流れの存在に気がついたのは
木の葉もすっかり落ちた冬のこと
木枯らしに裸にされた樹の幹から
かすかに聞こえてきた鼓動があって
痛む腹を押さえながら幹に触れると
指に赤い血がついて
すぐに蒸発したのです
知られてはならないものを
誰かが隠すかのように

私たちはなぜ樹ではないのか
私たちはなぜ樹ではないのか
繰り返す疑問に歪んだ顔は
もう整うことが無く
鏡を見たところで記憶に残るのは
目鼻も輪郭も失った顔

体の中で育ってゆく
できかけの命を取りだして
地面に植えれば
それは人間ではなく
樹として育ってゆくのでは
ないでしょうか

横たわる少女は腹を押さえ
体液を滴らせながら
そう思ったのでした


    東京国立近代美術館
    「イケムラレイコ うつりゆくもの」鑑賞による



自由詩 横たわる少女 Copyright 三条麗菜 2011-09-06 23:18:47
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