海底バス
村上 和

「明日も雨、降るのかな。」
「綺麗な月が出てたから、きっと晴れるわ。」




5.

黒い服
白い首飾り
海底バスに乗って街を行く
灰色の上空には
ゆっくりと沈み来る夕日がなく
ぽつぽつと早くから明かりが灯る

微かな声で小さく唄を口ずさみながら
車窓を流れる蒼く澄んだ景色を眺めていると
行き交う人知れずの物語が無表情のまま
泳ぐように幾つも通り過ぎてゆく




4.

眠ったまま
浮遊しているさかなのように
感情はもう動かない
葬儀場に整列した椅子にひとり座って
背中を丸めていた御老人

笑ってたんだろう
笑ってたんだろう
音も光もない
あなただけの深海で




3.

病室のベッドの側で
皺だらけの手を柔らかく握り
薄っすらと微笑みを浮かべ
「怖くはないよ」
と穏やかな声

昔々に聞いた
神様は海の中にいると云う御伽噺の
頁をめくる音に似ている

最期の会話が「ありがとう」だなんて素敵ね

狭い喫煙室の中でふたりきり
煙草を持つ皺だらけのその手が灰を落とす仕草を
眼で追いかけながら




2.

幾つもの海底バスが目の前を
静かな音を立てて走ってゆく
知らない誰かが孤独を想う時
私もゆらゆらと佇むその他大勢の中の
独り

記憶はやがて海に沈んでく
だから私もやがて
海に潜るんだろう

ねえ
ふたりの出逢いのおはなしを聞かせて
いつか眠りの前に読んでくれた絵本のように
あの頃は泣いてしまった私ももう大人になったから
暗くても怖くはないよ




1.

久しぶりに聞く電話越しの声

「お婆ちゃんが、海へ還るんだそうだ。
 お前に会いたがっているんだよ。」
「そう、じゃあ次の休みが取れたら帰るわ。」

仕事が忙しく
移動は夜間の方が都合がいい

見た事もない過去へ向かうバスに乗って
海底のような夜を走る
きっと眠れないんだろう
そして思い出すんだろう
微かに覚えている風景の片隅に
置き去りにしたままの色んなことを




0.

海面の波間にたゆたう月の光

「おばあちゃん、あしたはきっとはれるんだよ。」
「そうだね。」

他愛ない歴史がひとつ
静寂の海にゆらりゆらりと沈んでゆく

笑ってたんだろう
笑ってたんだろう
音も光もない
あなただけの深海で

海底バスの終着は
生まれる前の柔らかな眠り中で見た
夢の終わり


自由詩 海底バス Copyright 村上 和 2011-09-05 20:13:33
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