お帰りの少年
オイタル

る の形の漏斗へと滑り落ちていくように
ぼくは明るい駅へと吸い込まれる
窓に青蛙が張り付く
濡れた松葉が張り付く
滲むいくつかの家の灯りが
黒い木立に十字を掛けて
すいと横に流れたかと見る間に
夜空をたたいて 電車が降りてくる

お帰り

発光する箱の中から
銀粉を被ってぼんやり下りてくるのは
島田さんの奥さん
薄手の半袖のシャツを羽織って
静かに会釈を滑らせて行った
あわてたぼくのお返しは 夜へと吹き飛んで
島田さんの奥さんと一緒に
一か月前のさびしい出来事に
さらわれていった
それから 大きな
風の包みを背負った
名も知らぬばあさんが滑り去った
どう ばあさん 最近あっちの方は
いえいえ ここんとこ とんと とん

お帰り

そんなふうにして もう
島田さんの奥さんも 風のばあさんも
みんな駅舎の外へと出て行ってしまって

ぼくの待ち人は
いつまでも姿を現さない
黒い風がごうごうと
雲を畳んで空の裏を行き来しても
途中の川辺で
カモが眠りの輪を広げても
姿を現さない
汗ばんだ掌に小銭を握る
迷子の少年

お帰り の
少年


自由詩 お帰りの少年 Copyright オイタル 2011-09-03 23:06:14
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