ジャズ・ピアノ
渡 ひろこ
走るトリル
軽快な鍵盤の連打を聴くうちに
視界が開けて広大な一本の道が現れる
どこまでも追いかけてくるスケール
トップスピードの旋律に
併走したくて意識を集中させる
Gコードを蹴散らし
または操りながら行軍していく
逞しい指先
八十八鍵の音色を率いて
今彼はカナダの森林を縫う
マッケンジー川を描いて見せてくれている
曲の中に景色を描き
音符の言葉を散らして私に投げかける
甘い響きなどない
一分の隙もなく
彼が愛しているのは音楽だけだ
クールで端正な音を拾いながら
競りあがるリズムの稜線をたどると
眼下にはロッキー山脈の渓谷が広がる
そのままクレッシェンドに乗り
頂上まで昇りつめた
心臓の鼓動が鳴り響き
裏返った拍子を取り続ける
力強いグリッサンド
うなじから背中に下りる音階
ビリッと電流が走り
鳥肌が立つ
ふと 転調した風が下から吹き抜け
一拍遅れた和音が
突然デューダッと 背中を押す
谷底に墜落する瞬間
描いた映像を見失わないよう
素早くヘッドホンを外した
自由詩
ジャズ・ピアノ
Copyright
渡 ひろこ
2011-09-01 21:43:58