罹災者
渡 ひろこ

「リサイシャです。」 
突然の呼びかけにハッと顔を上げる
カウンター越しにその女性は佇んでいた 
小さな女の子を二人連れている 
一瞬 何と声をかけようか戸惑う


胸の底に沈殿している深い澱が
ズン とした重量で静かに迫ってくる
暗い海を纏っていて
腰から下は未だ海に浸かったままだ
小さな女の子たちは波間にあどけない顔をのぞかせ
じっとこちらを見つめている


「大変でしたね。どちらからですか?」

「フクシマからです。
主人はまだ向こうで働いていて帰れなくて…。」


生身の痛みを目の前にして
どの言葉も虚しく消えそうで
慌ててあらゆるポケットを探っても
底が浅くて見つからない
リビングの画面からは伝わらない現実が、其処にある
 
(あの日から世界が変わった
 
 垂れ流す時間のスポイトは日常を希釈し続ける

 上手く開かない唇はマニュアル通りの残骸を落とす)


「あ、罹災者証明書は…。」                            

「いえ、よろしいですよ。口頭の申請でも無料で入館戴けますから。
どうぞごゆっくりご覧ください。」                                                             
                                               
受付カウンターを境界線に
対岸の乾いた高台から声をかけても              
赤土がほろほろ崩れるだけで                           
溜まった澱を少しも零せなかった諦めの視線が                   
斜めに私の身体を斬って、展示室に消えていく                    
                                         
差し伸べたかった手が宙に浮いて                         

気づいたらカウンターの上に散乱した

プラスチックの言の葉を 只々、拾い集めていた








自由詩 罹災者 Copyright 渡 ひろこ 2011-07-25 20:18:32
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