フェティッシュ
salco

裸足に合う着衣というのは、実質的に無い。
問題は、裸足が映える脚であるかなのだ。
例えば綿のワンピースなどは、着ている女が16歳のヴァネッサ・
パラディーとその脚ならば、という条件限定が付帯する。
不器量や並み、条件を外れた美女はお呼びでない。
ところが服を要さぬ靴はいくらでもある。
2足歩行の畜生に欠かせぬ用具である筈が、人体を離れた構造物と
しての可能性を最も残すのだ。
歩かぬ事、立ちさえせぬ事。
ユーザビリティーを逸脱するほど美しいのはその為で、尖端に孤立
するイデアとしてデザイン追求を許される。
ヘッドドレスがしばしば、
個体頭部に似合うかどうかを問題としないのは、人体のデコレーシ
ョンとして隷属し難いからである。
デザインの為のデザインはデザインに帰属する。
創造性は、
余りにも動物的な人体構造が採り込めるものではない。
羽根を飾り立てた老女、花を載せた醜女は、造形作品の陳列台でし
かない。
同様に、人間の運動性能を超越した靴は、
鑑賞に耐えるオブジェとして独立し、人体はその従属物と化す。
例えば踵が高ければ高いほど裸体に合うのは、服飾を凌駕する工芸
品として性交装飾に機能を発揮するからだ。
人間工学ではなく、加工システムたる想像力への奉仕。
これが尖鋭的構造物の存在意義だ。


マスターはそのように女を規定されたのです
不要な部分は抹消し
造作の美点一箇所だけを選択する、と
ですからわたくしには目鼻が無く
精巧にリップラインを描いた真紅の口だけ
わたくしは調整された室温に一糸まとわず
呼ばれた時は絨毯に引かれたテープを辿り
四足で罷り出ます
お尻を突き上げた、その姿態を最もお好みですから
マスターに促されて立ち
笑って御覧、と言われた時だけ視界が開きます
上の側切歯に移植されたわたくしの瞳は常に
自分の唾液に濡れており
瞼が無くとも乾くことがありません
お前は美しいよと言って下さるマスターの輪郭が滲みます

お褒めを頂くわたくしに舌が要りましょうか
9と1/2インチのポアントにこわばる両脚の間
この中に移植されてあるのですから
謝意だけに使います
これこそが舌の、心遣りの仕儀というもの
身体器官とは
自己の為には生命維持に円滑な働きをすれば良く
機構としての一個体の総合的存在価値は常に
他者の評価に計られるのであり
一個人としての存在意義は
対象として認識されることで初めて生じ
愛されることで有価値となる
ですから受容の口が二つ
これがわたくしの全て
存在理由が愛玩と奉仕に集約されています

長くは立っていられません
それを憐れみ又、可愛くも思し召し
抱き上げて運んで下さいます
憐憫にひそむ蔑みは、所有の裏書き
お尻に押される飼養の印章
いつでしたか
究極の靴とは履物であることさえ要さないのだ
同時にお前の脚を誰より美しくする為でもあるのだよ、と
ですからわたくしには足首より下が無く
ボルト接続により靴も脚も束縛を離れ
より自由な創造物へと飛躍できたのです
鉱石、貴金属
繊維、ガラス、ワイヤー
羽根、毛皮、樹木やお花
爬虫類に鳥類、昆虫
水に氷に炎に光、時に闇
素材も形状も思いのまま
わたくしの脚は
これらと繋がることで美しい生き物となり
世界で唯一の作品として完成を見る

痛みが一体何でしょう
お薬できれいに消せるものを
マスターの感嘆を聞き
愛着を身に享けて唯震え
まるで雲上に在るかのごとく常にわたくしは
ふわふわと心安らいでおりますものを
ほら
悦びにさらわれ行く時ぼんやり見える足さき
今日はアクリルの円筒に泳ぐ小さなお魚たち
赤や黄色、青が何をか求めてひらひらと
きれい


自由詩 フェティッシュ Copyright salco 2011-08-22 23:18:39
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