麗辞
佐々木青
――大丈夫です
マニュアルがありますから
この通りに話せば問題ありません
私は詩人ですよ
詩人の言葉に
マニュアルなんてありませんよ
――いえいえ、
みなさんマニュアル通りに
読んだり書いたり
なさっていますから
問題ありません
これを読んでください
壇上へどうぞ
えー
「本日、お集まりくださいましたみなさんには
心からのお礼を申し上げ、
つきましては
このたびの、
晴れの日に
私の
この
よき日に、
かくべつの
配慮をこうむり」
えー
「言葉に尽せぬ限りでございます」
えー
えー
あれ、これ私の言葉ですか
マニュアルじゃないですか
大丈夫ですか
みなさんは
私の言葉が欲しいんじゃないですか
あれ、どこにも私の言葉がないですよ
どこにいきましたか
――そこにありますよ
どうぞ
それをそのままお読みになれば
あなたの言葉になりますから
落ち着いてください
そうですか
では、
「私はこれまで
非常な苦労を強いられてきました
自分には何の才能もない
そうした空虚な考えばかりが
私を埋め尽くしていました
しかし、私は諦めませんでした、」
あれ、これ、私の言葉ですか
こんなこと言いたいんじゃないんです
もっと、私だけの
私だけの
詩人としての言葉を言いたいのです
これじゃないのです
ちがいます
――わからない人ですね
詩人だってマニュアル通り
しゃべってるんですよ
あなただけ違うなんてことはないんですから
あなたはそれを読めばいいんです
ちがうのだけれど・・・
「こうした私の努力が実って
今の私があるのです
そして、今の私があるのは一重に
みなさまがたの協力と支えがあったからでして
この名誉は私だけでなく
みなさまの名誉であると心得ております
以上の言葉を私の感謝の言葉としてみなさまに
贈り、私のあいさつとさせていただきたいと思います
ありがとうございました」
え?
私の感謝の言葉なんて
そんなのどこにありましたか
私の言葉なんてひとつもありはしませんよ
ぜんぶマニュアル通りです
私はこれを読んだだけです
私の言葉はどこにありますか
私の名誉は私のものです
あなたがたのおかげだなんて
これっぽっちも
思っていません
そうです
つまり
これが私の言葉です
そのとおりです
私の思いのことなんですよ
それが私の言葉なんです
ですから
私の思いを言わせてください
――問題ありません
それもマニュアルですから落ち着いてください