W.K.第二回「フィッシュマンズ『空中キャンプ』〜赤ちゃんの雄叫び」
たもつ

 さて、お待たせしました。好評につき、W.K.の二回目になります。お待たせ?好評?と疑問に思ったお茶の間のあなた、そう、あなたですYO。その疑問はあながち間違いではない、と何となく思います、立証できないのが残念なくらいに。それはそれとして、W.K.とは何の略か、と別の疑問をお持ちの皆様に、筆者からこっそりと情報提供です。ウォークマン(Walkman)買いました(Kaimashita)の頭文字をとりました。シリーズタイトルが長い、というのも考えものですしね。はい。何か今日はテンションがあがりません。気温は上がっているのに、反比例とはこれ如何に。
 さて、さてという書き出しのパラグラフが二つ続くのはいかがなものか、という話はとりあえず脇に放置しておくとして、第二回目「フィッシュマンズ 『空中キャンプ』赤ちゃんの雄叫び」です。
 最初にお断りしておきますが、これからのW.K.を進め方については、時にはアーティスト単位で、時にはアルバム単位で、時にはジャンルで、時にはよもやま話として、時には娼婦のように…様々な観点から書いていこうかと考えます。ちょっとした懐かしいギャグも挿入しておきましたがテンションが低いため、割と控え目です。
では「空中キャンプ」。

 あっ、それと本論に入る前に。フィッシュマンズ、特に「空中キャンプ」について書きますが、ファンもしくはマニアの方々に散々しゃぶりつくされ、かつ、ボーカルでほとんどの作詞作曲を行っていた佐藤氏が亡くなり新譜が期待できない今となっては、新しい何かを私が語れる訳がありません。そういう意味での期待はしないでください。寧ろ、私のこの今の思いを伝えたい、という何となく差し迫った雰囲気を頭の整理を踏まえて、という感じです。
 では「空中キャンプ」。お聴きください。ジェット・ストリーム。

 私がこのフィッシュマンズというバンドを知ったのは、山崎まさよしの邦楽カヴァーアルバム「COVER ALL HO!」というアルバムでした。アルバムの最後に、フィッシュマンズの「いかれたBaby」という曲のカヴァーが収録されています。寂しくて、温かくて、少し自分勝手で、孤独な歌詞とメロディ。山崎まさよしが切なく歌いあげています。山崎まさよしやこのアルバムについてはまた改めて機会があれば触れることとして、先に進めます。
 正直、私はオリジナルの歌もバンドも知りませんでした。正直、私はすまんかった。ということで、困った時のウィキペディア。フィッシュマンズがメジャーとして活動した時期は一九九一年〜一九九八年。正確にいうとボーカルの佐藤氏が亡くなる一九九九年まで、と言っても良いでしょうか。
 一九九一年といえば私が就職した年。バブルの末期。これからのことなんて何も知らずに浮かれていたころ。フィッシュマンズのメンバーは、だいたい一九六六年〜一九六八年産まれ。まさに私と同世代。
 それにしても何で知らなかったのか不思議です。ちなみに「いかれたBaby」は一九九三年にシングルとして発売。うーん、学生時代のテレビもラジオもない貧乏学生ならともかく、もう就職してたし、テレビもカーラジオも聴いていたころなのに。
 まあ、とにかく、フィッシュマンズは一九九〇年代のほぼ最初から最後まで活動したバンドと言えます。一九九〇年代といえば、トレンディードラマの主題歌、バンドブーム、小室ファミリー、マッキーやKANの元気ソング、SMAPの台頭等々、音楽業界、華やかなりし頃でしたなあ(遠い目)。そういえば、フリッパーズ・ギターが始祖とされている渋谷系、なんてのもありましたなあ(とても遠い目)。

 などとおっさんの回顧はともかく、話は振り出しに戻り、とにかく「いかれたBaby」です。良い曲だな、と思えば、当然、原曲を聴きたくなるものです。当然、と断言してしまって良いのか、だれにも断言はできないと思いますが。
 まずは、You Tubeへ。うにゃにゃあ、何だ、このふにゃふにゃした感じは。山崎まさよしは、割と直球勝負のような歌い方だったのに、原曲の方は何だかふにゃふにゃしてる。うーん、これは生理的に駄目かも。うん、駄目。受け付けられない。気持ち悪い歌い方。放っておこう、この曲は山崎まさよしヴァージョンで聴き続けよう、と心にうっすらと決めました。
 でも、何か気になる。怖いもの見たさ?あんたがたどこさ?気がつくと、何度も再生しています。
こうなったら覚悟決めて、レンタルショップに。
 近所のレンタルショップには、フィッシュマンズのCDは四枚しかない。しかもうち二枚はベスト盤で、「いかれたBaby」はベストにしか入っていない。うん、それならばそれで、ビリー・ジョエルと同じようにベスト盤にすれば良いのでしょうが、何かそれではつまらない気がしたんですよね、野生の勘というか、養殖ものの勘というか。
 携帯でアマゾンを検索、その結果、名盤という評判のある「空中キャンプ」を借りることにしました。

 なんか、今回もぐずぐずな展開だなあ。本論が遠いよ。遠い。でも、もう聴くところまできたから本論だよ、これから。本論。ホンローン!とロッキーのエイドリアーン!風に。かなり恥ずかしい書きぶりですよ、このあたりは。
 ボーカル佐藤氏の声は異質。忌野清志郎っぽいんだけど、もっと異質。例えるなら、忌野清志郎と赤ちゃんを足して二で割ったような。想像しにくいかもしれませんが、聴いたことある人なら、何となく理解してもらえるような気がしないでもないような。
 思ったよりも聴きづらくはないです。メロディーはとても不思議。サビがあるようなないような。歌っている、というよりも、何かが自然に流れているような感じ。
 三曲目「スロウ・デイズ」、いきなり、ララララーという更に奇怪な声で始まります。この世のものとは思えません。うーん、駄目だ、これはちょっと受け付けられない。でも、ここは我慢して聴こう、と決めて我慢。五曲目「ナイト・クルージング」。静かな出だし。でも数秒聴いて、ぶっ飛んだ。「バア」という突然の赤ちゃんのような雄叫び!腰は抜かしませんでしたが、何かが抜けたような感じです。
 八曲目「新しい人」。後ろで小さく女性が一、二、一、二と掛け声を出してます。脳みそが破壊されそうです。
 そんなヒロシに騙されて、そんな感じで一巡目。何も残りませんでした。メロディーも、歌詞も。奇怪なララララーとバアと、女性の一、二、一,二以外は。でも、全体的にはそんなに悪くない感じ。
 二巡目に突入。少しずつ、音の面白さに目覚めます。音、何か面白いです。相変わらず、メロディーも歌詞も頭に残りません。
三順目以降。何か面白い音が、実は細部にわたりよく作り込まれたものだということがわかってきます。音の作り込みの細かさについてはフリッパーズ・ギターの「ヘッド博士の世界塔」を何となく連想させます。両者とも計算しつくされていて、隙がなく、代わりの音が考えられません。どこか音を変えてしまうと、全体が破綻してしまう、そんな完璧なバランスがあります。ただ、ヘッド博士がおもちゃ箱であるのに対し、空中キャンプにはもっと切実なものを感じます。どちらが良いとか悪いとか、そういう問題ではなくて。
そして、何巡目かで、空中キャンプの切実な音に気付き始めるころ、やっとメロディーが入ってきます。メロディーが最初聴いた時よりも、かっこよくて、そして、切ない。真正面からの切ない系のメロディーではなくて、心の裏側をそっと触れていくようなメロディーラインです。サビ、といえば、曲全部がサビ。そこに枝葉としていろいろなメロディーがぶら下がっているイメージ。とても多層的で音楽として良くできてます。ここまで気がついて、やっと歌詞が追いついてきます。このころになると、生理的に受け付けられなかった三曲目も楽々クリアーです。
 歌詞は「いかれたBaby」でも触れましたが、全体的に孤独で、寂しくて、自分勝手で、温かい。自分勝手、ということについては、ファンの方からは異論があるかもしれません。でも、私の印象だと、他の人への愛や思いやり、というものが皆無、というわけではないものの、常に自分の孤独と向き合い、逃げ出し、逃げ切れずに、また孤独へと、という無限ループになっていて、じゃあ、それが、駄目なのかというと、そんなことはなくて、ラブソングにありがちな押し付けがましい愛や思いやりがない、だからこそ、共感できて、だからこそ、作り物ではない、芯から伝わってくる温かみがある、そのように思えます。
 歌詞は良く聴くと、救いようがなくて、息苦しいのですが、佐藤氏の声、つくりこまれた音、それらのものが一体となって、心地良く、こういう音楽があって、それを聴ける自分がいる、ということが救いになっている気がします。本当に心地良い空間なんですよ。
うん、ベストにしなくて良かった。ファンの方にすると、五曲目の「ナイト・クルージング」は名曲だそうです。でも、少なくともこの「空中キャンプ」に収録されている曲は、甲乙つけがたい、というより、アルバム一枚が一連のものとなっていて、どの曲が抜けても駄目だし、どの曲が入っても駄目。などと偉そうに言っておりますが、このような論調も、既にファンの方には定着してるみたいです。でも、本当にそう思います。レンタルして三週間ほど経ちますが、ほとんど毎日聴いてます。そして、聴くたびに新しい音、新しいメロディー、新しい詞に出会います。
 同世代のバンド、同じ二〇歳代を生きたのに、リアルタイムで知らなかったバンド、知らなかった音楽。でも、やっぱり今こうして出会えてのも何かの縁なんですね。今、でなければいけませんでした。
 今、だからこそ、私には必要でした。
 ウォークマンを聴くのは、通勤の行き帰り、夜、眠れないとき。でもこの「空中キャンプ」だけは、夜、一人では聴きません。きっと、いいおっさんが、泣いてしまいます。



散文(批評随筆小説等) W.K.第二回「フィッシュマンズ『空中キャンプ』〜赤ちゃんの雄叫び」 Copyright たもつ 2011-08-15 17:59:01
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